コラム

高校銃乱射事件で共に息子を失った被害者と加害者の両親の再会『対峙』

2023年02月09日(木)17時26分

事件から6年後に、事件でともに息子を失った被害者と加害者の両親が対面する......『対峙』

<高校銃乱射事件から6年後に、事件でともに息子を失った被害者と加害者の両親が対面して交わす......>

これまで俳優として活動してきたフラン・クランツが初めて脚本・監督を手がけた『対峙』では、高校銃乱射事件そのものではなく、事件後に残された家族が背負う苦悩が、大胆な手法で浮き彫りにされていく。彼が描き出すのは、事件から6年後に、事件でともに息子を失った被害者と加害者の両親が対面して交わす会話だ。

その導入部では、なんの前置きもなく、小さな教会が映し出される。その教会の奥まったところにある一室で、会合の準備が進められている。仲介人の女性は、部屋の飾りまで細かく確認し、椅子の位置を変える。やがてふた組の男女が相次いで到着し、久しぶりの再会の挨拶が交わされ、仲介人が立ち去る。

被害者の両親ジェイとゲイル、加害者の両親リチャードとリンダは、当たり障りのない会話から始める。だが、本題に入ると、それぞれの怒りや悲しみの感情が抑えられなくなり、言葉の応酬へとエスカレートし、緊張が高まっていく。本作は、回想シーンなどに頼らず、ほとんど限定された空間における会話だけで展開し、彼らの言葉を通して事件や彼らがそれぞれに背負った苦悩が明らかにされていく。

監督が高校銃乱射事件に関心を持つきっかけ

プレスによれば、クランツ監督が高校銃乱射事件に関心を持つきっかけは、2018年にフロリダ州パークランドの高校で起きた銃乱射事件だったという。それ以前にも同様の事件は起きていたが、彼は自分が幼い娘を持つ父親としてその事件に反応したことに気づいた。

それから、自分が高校生だった1999年に起きたコロンバインの事件も思い出し、そうした事件を深く掘り下げていくうちに、加害者と被害者の両親の会談に関する記述に胸を打たれ、このような脚本を作り上げた。

クランツが特にインスパイアされたのは、おそらくコロンバインの事件だろう。パークランドの事件の犯人は、校内で銃を乱射してから高校を立ち去り、その後、警察に拘束されたが、本作で明らかにされていく事件では、リチャードとリンダの息子ヘイデンは犯行後に自殺した。コロンバインの事件がエリックとディランのふたりによる犯行だったのに対して、ヘイデンは単独犯だが、彼らと同じように犯行後に図書室で最期を迎えた。

81bA4V58hiL.jpg

『息子が殺人犯になった コロンバイン高校銃乱射事件・加害生徒の母の告白』スー・クレボルド 仁木めぐみ訳(亜紀書房、2017年)

共通点はそれだけではない。スー・クレボルドの『息子が殺人犯になった コロンバイン高校銃乱射事件・加害生徒の母の告白』を読んだ人は、本作とのつながりに気づくに違いない。事件後に家庭生活を振り返り、原因を追究しつづけてきたディランの母親の手記、そこから浮かび上がる母子の関係は、リンダとヘイデンに重なる部分が多々ある。

事件の直後、警察が家宅捜索する間、リンダは事態を把握できないまま裏庭に立ち尽くすしかなかった。彼女は見張りの警官に息子のことを尋ね、彼の死を知った。事件までの数か月、リンダは、息子が立ち直ったと思い、幸せだったが、それは自殺を考えている人間が自身の運命を決定した後に見せる変化だった。事件後、リンダと夫は現場となった図書室を訪れ、彼女はテープの人型が表わす体の線で、それが息子だとわかった。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

ニュース速報

ワールド

ウクライナのダム破壊、互いに非難応酬 安保理が緊急

ワールド

米国務長官、数週間中に訪中を計画=米当局者

ビジネス

世銀、23年の世界成長率予測を上方修正 24年は引

ビジネス

中国当局、国有銀にドル預金金利の上限引き下げ指示=

MAGAZINE

特集:最新予測 米大統領選

2023年6月13日号(6/ 6発売)

トランプ、デサンティス、ペンス......名乗りを上げる共和党候補。超高齢の現職バイデンは2024年に勝てるのか

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    「中で何かが動いてる」と母 耳の穴からまさかの生き物が這い出てくる瞬間

  • 2

    ワグネルは撤収と見せかけてクーデーターの機会を狙っている──元ロシア軍情報部門将校 

  • 3

    キャサリン妃が「ピンクのドレス」2着に込めた、「友人夫婦」とヨルダンへの敬意

  • 4

    敗訴ヘンリー王子、巨額「裁判費用」の悪夢...最大20…

  • 5

    元米駆逐艦長が「心臓が止まるかと」思ったほど危機…

  • 6

    嵐で破壊された米クルーズ船の乗客が撮影...浸水する…

  • 7

    「白米はよくない」? 健康と環境の両面で知ったこと…

  • 8

    性行為の欧州選手権が開催決定...ライブ配信も予定..…

  • 9

    自社株買いでストップ高!「日本株」の評価が変わり…

  • 10

    マーサ・スチュワート、水着姿で表紙を飾ったことを…

  • 1

    ロシアの「竜の歯」、ウクライナ「反転攻勢」を阻止できず...チャレンジャー2戦車があっさり突破する映像を公開

  • 2

    「日本ネット企業の雄」だった楽天は、なぜここまで追い込まれた? 迫る「決断の日」

  • 3

    米軍、日本企業にTNT火薬の調達を打診 ウクライナ向け砲弾製造用途で

  • 4

    62歳の医師が「ラーメンのスープを最後まで飲み干す」…

  • 5

    敗訴ヘンリー王子、巨額「裁判費用」の悪夢...最大20…

  • 6

    「ダライ・ラマは小児性愛者」 中国が流した「偽情報…

  • 7

    【ヨルダン王室】世界がうっとり、ラジワ皇太子妃の…

  • 8

    【画像・閲覧注意】ワニ40匹に襲われた男、噛みちぎ…

  • 9

    どんぶりを余裕で覆う14本足の巨大甲殻類、台北のラ…

  • 10

    ウクライナ側からの越境攻撃を撃退「装甲車4台破壊、戦…

  • 1

    【画像・閲覧注意】ワニ40匹に襲われた男、噛みちぎられて死亡...血まみれの現場

  • 2

    世界がくぎづけとなった、アン王女の麗人ぶり

  • 3

    カミラ妃の王冠から特大ダイヤが外されたことに、「触れてほしくない」理由とは?

  • 4

    F-16がロシアをビビらせる2つの理由──元英空軍司令官

  • 5

    「ぼったくり」「家族を連れていけない」わずか1年半…

  • 6

    築130年の住宅に引っ越したTikToker夫婦、3つの「隠…

  • 7

    歩きやすさ重視? カンヌ映画祭出席の米人気女優、…

  • 8

    「飼い主が許せない」「撮影せずに助けるべき...」巨…

  • 9

    預け荷物からヘビ22匹と1匹の...旅客、到着先の空港…

  • 10

    キャサリン妃が戴冠式で義理の母に捧げた「ささやか…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story