コラム

ジョージアで起きた「アブハジア紛争」で続く不条理

2016年09月12日(月)17時05分

歴史に呪縛された人々が土地をめぐって争う世界

 その歴史家たちは、歴史と紛争の結びつきについてこのような証言をしている。歴史家たちが紛争の火付け役として重要な役割を果たした。双方の急進的な学者たちが、相手を敵視する歴史書を出版していた。最初に歴史の編纂をめぐる戦争が起こり、それに政治的な紛争が続いた。

 それを踏まえるなら、この映画は、歴史に呪縛されたニカが、他者との触れ合いのなかで解放されていく物語と見ることもできる。その解放を象徴しているのが音楽だ。ニカは、歴史を強調する一方で、戦闘の際にテープが飛び出してしまったカセットをなんとか元通りにしようとする。そこに収められた音楽は、ニカ個人にとって歴史よりも大切なものを象徴し、それが最終的にアハメドに引き継がれることになる。

 さらにこの映画では、4人の主人公に加えて、アブハズ人やロシア人の兵士など、多民族が登場するところも見逃せない。アブハジアは、アブハズ人、ジョージア人、ロシア人、アルメニア人、ギリシャ人など多民族で構成されていた。"JEMIE"の記事を読むと、そこには緊張もあったが、首都スフミや他の諸都市では、多民族構成の伝統が根づいていたことがわかる。スフミに暮らしていた女性は、隣人のロシア人、ギリシャ人、ユダヤ人、ウクライナ人、アルメニア人とひとつの家族のように暮らしていたと語っている。また、紛争時にアブハズ人とジョージア人が助け合い、生き延びたというエピソードも少なくない。この映画は、そんな多民族構成の世界の縮図になっているともいえる。

corn.jpg

ギオルギ・オヴァシュヴィリ監督『とうもろこしの島』

 一方、『とうもろこしの島』では、紛争によってふたつの勢力が対峙する境界を流れるエングリ川が舞台になる。この川は春の雪解けとともにコーカサスから肥沃な土を運び、中州を作る。地元の農民は、その中洲で春から秋にかけてとうもろこしを育てている。そして今年も、両岸で敵同士がにらみ合い、銃弾が飛び交うなか、アブハズ人の老人が中州に渡り、小屋を建て、孫娘とふたりでとうもろこしを育てていく。そんなある日、彼らは畑で傷を負ったジョージア兵を発見する。

 『みかんの丘』とこの映画には共通点がある。みかんやとうもろこしを育てる老人たちは、自然と向き合い、民族の違いとは無縁に生きている。『みかんの丘』のイヴォは、部屋に飾られた写真から、孫娘がエストニアに帰ったことがわかるが、彼女の両親については語ろうとしない。『とうもろこしの島』でも、孫娘の両親は不在だ。そんな設定は、紛争に両親の世代が巻き込まれ、老人と子供が残されることを暗黙のうちに物語っている。

 しかし、映像表現のスタイルはまったく違う。『とうもろこしの島』では、台詞が最小限にとどめられ、映像を通して、農民の日々の営み、季節の移り変わり、少女の成長などと紛争が対置されていく。そして、そんな構成を見事に際立たせているのが、中州でとうもろこしを育てる風習だ。監督のインタビューによれば、かつてエングリ川にはこの風習があったが、いまでは上流にダムが作られ、水量が管理され流れが弱くなったという。

 しかし、この映画では、かつての風習ではなく、ずっと繰り返されていく営みとしてこの風習が描かれる。中州は常にそこにあるものではない。大きな嵐がくれば押し流され、また春に新たに出現する。中州を作るのも、押し流すのも自然が決めることだ。そこには繰り返しがあるだけで、歴史はない。歴史に呪縛された人々が土地をめぐって争う世界のなかで、歴史の力が及ばないそんな中州は聖域のようにも見えてくる。

《参照/引用文献》
"Remembering Homeland in Exile: Recollections of IDPs from the Abkhazia Region of Georgia"by Toria, Malkhaz (Journal on Ethnopolitics and Minority Issues in Europe : JEMIE, Vol. 14, No.1)

映画『みかんの丘』『とうもろこしの島』予告編


○『みかんの丘』
監督:ザザ・ウルシャゼ
公開:9月17日、岩波ホールほか全国順次公開

○『とうもろこしの島』
監督:ギオルギ・オヴァシュヴィリ
公開:9月17日、岩波ホールほか全国順次公開

公式サイト: http://www.mikan-toumorokoshi.info

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

核保有国の軍拡で世界は新たな脅威の時代に、国際平和

ワールド

米政権、スペースXとの契約見直し トランプ・マスク

ワールド

インド機墜落事故、米当局が現地調査 遺体身元確認作

ビジネス

日経平均は反発で寄り付く、円安で買い優勢 前週末の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story