コラム

矢野財務次官が日本を救った

2021年11月01日(月)16時00分
財務省ビル

国庫を預かる最重要官庁、財務省官僚の面目躍如? Toru Hanai- REUTERS

<矢野次官が与野党のバラマキ合戦に噛み付いていなければ、衆院選の結果は恐ろしいものになっていたかもしれない>

衆議院選挙が終わった。
一番の驚きが、自民党が予想以上に善戦したことだった。
これは、矢野康治財務次官の「バラマキ批判」論文が影響した結果だと思う。
なぜか。

余りに有名になった「バラマキ批判」論文とは、財務省の現役事務次官である矢野康治氏が、月刊誌『文藝春秋』11月号に寄稿した「このままでは国家財政は破綻する」という論文だ。冒頭を以下に引用する。


「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない、ここで言うべきことを言わねば卑怯でさえあると思います。数十兆円もの大規模な経済対策が謳われ、一方では、財政収支黒字化の凍結が訴えられ、さらには消費税率の引き下げまでが提案されている。まるで国庫には、無尽蔵にお金があるかのような話ばかりが聞こえてきます」

「全国会議員をバカに」した?

これが出たのが、衆議院解散の直前の10月8日であり、現役官僚の政権批判だと、永田町は上へ下への大騒ぎとなった。もっとも激しくかみついたのが、自民党の高市早苗政調会長で、「大変失礼な言い方だ。これほどバカげた話はない」「全国会議員がバカにされたような話」と怒りをぶちまけた。選挙における自民党の政策を担当する政調会長であるから、選挙妨害だと糾弾したかったようだったが、これは高市氏の妄想だった。

興味深いことに、野党からは、表立った矢野論文批判は起きなかった。一見、この論文が与党批判で野党に有利かのように感じるが、中身はまったくそんなことはない。むしろ、バラマキの派手さにおいては、野党の方が断然上だから、野党はもっと矢野論文を攻撃してもおかしくないはずだった。

なぜ、野党は、沈黙を守ったのか。

それは、彼らは、この話題が続くことは自分たちに不利であることを察知したからだ。

実際、矢野論文をきっかけに、バラマキ合戦、バラマキ公約合戦は下火になり、各政党は、バラマキの正当性を主張するようになった。与党と野党の対立ではなく、与野党とも矢野批判に対する防衛に終始するようになった。うちの10万円給付はバラマキでなく、必要なものだ、という正当化に終始したのである。

その結果、あっちが10万ならこっちは20万、あっちが低所得者限定なら、こっちは中所得者まで所得税減税まで含めて、ついでに消費税も......、というバラマキのエスカレート合戦にならなかった。それまでに打ち出された範囲のバラマキに留まり、それの説明に各党は終始することになった。相手を攻撃するのではなく、自分の党の公約の正当性を主張する守りに終始することになった。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米ブラックロック、短期投資に重点 長期見通しに不透

ワールド

FRB議長「自分の仕事に100%注力」、トランプ氏

ワールド

米・イスラエル首脳、7日会談へ ガザ・イラン情勢協

ビジネス

FRB議長、利下げ前に一段のデータ「待つ」姿勢を再
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    未来の戦争に「アイアンマン」が参戦?両手から気流…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story