コラム

モラルなき中国の大国化に、台湾・香港の人々は尊敬を感じない

2022年06月01日(水)07時24分

台湾防衛の最前線に立つ蔡英文総統 Courtesy of Tsuyoshi Nojima

<米中新冷戦によって、香港そして台湾は中国と西側世界が対峙する最前線で、習近平政権の圧力を受けることになった。しかしその対立の根源は習政権のモラルなき傲慢さにある>

台湾・香港のニュースバリューが2019年から一気に上がった。米中「新冷戦」の到来と共に台湾・香港問題がグローバル化した形だが、そんな望ましくない事態を招いたのは、実は理想を失い、モラルを欠いた強国路線をひた走る中国自身ではないか――。ジャーナリストの野嶋剛氏が「台湾・香港」から「習近平の中国」のあり方を問う平凡社新書『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社)より一部を抜粋する。

◇ ◇ ◇

「再び」注目された台湾・香港

「台湾・香港問題」を長らく取材し続けてきた私は、2019年から台湾・香港問題がグローバル化したとみているが、もっと正確を期するとすれば、「再び、グローバル化した」というほうが適切だろう。

19世紀、世界は弱体化した中国を切り取ろうと躍起になった。先鞭をつけたのは、英国による香港の取得だった。英国と清朝が戦ったアヘン戦争で、欧米列強のアジアへの到来と清朝の弱体化という二つの事実に日本が受けた驚きは、近代化に舵を切る大きな動力となった。日清戦争で日本は清朝に勝利し、台湾を獲得する。欧米列強、日本、中国という世界の新旧パワーの衝突のなかで、香港と台湾はグローバルな動きに巻き込まれた。

大戦後も、台湾・香港問題は未解決のまま残された。香港の場合は、日本の占領が終わったあと、英国が素早く海軍を香港に送り込み、中国の領土回復を阻んだ。中国の支配者だった蔣介石も、しぶしぶ英国の統治継続を受け入れた。中国共産党が中国大陸の支配者になったが、毛沢東も英国との良好な関係を優先し、香港を現状維持とすることにした。

一方、台湾については、国共内戦の敗者となった国民党が逃げ込んで、米国が蔣介石政権を守ろうとしたので、中台が台湾海峡を挟んで対峙する状況となった。台湾も香港も、東西冷戦のなかで、西側陣営の最前線に押しだされ、グローバルな米ソ対立構図の一部として、政治・外交的に重要なポジションを演じることになった。

2014年に逆回転を始めた台湾・香港情勢

1990年前後の東西冷戦の崩壊で「西側陣営の最前線」という台湾・香港の役割は、大きく色あせていった。東側陣営の雄であった中国が改革開放政策を掲げて世界の仲間入りし、米国を中心とする対中関与が世界的に公認される政策となった。その象徴が、台湾・香港のシステムを維持したまま中国の統一を受け入れる一国二制度であった。

nojima-web220524_02.jpg

台湾問題でも、台湾が自立の道を模索しようとしても、米国や国際社会の態度は冷淡だった。誰も口にはしないが、いつか台湾が中国に飲み込まれることは、歴史的に避けられない運命だと考える人が増えていった。特に911テロ以降、中国は、テロとの戦いに忙しく、アジアに手が回らなくなった米国を誘導して台湾が独立に動かないようコントロールする術を覚えた。その手法は「経美制台(米国を使って台湾を抑え込む)」と呼ばれた。米中が世界を「分治する」という構想も盛んに語られ始めた。そうなると、台湾・香港問題は重要ではあるが、「東アジア国際政治の重要課題の一つ」というローカルニュースのポジションが世界から与えられた立ち位置となる。

日本におけるニュースバリューは、外交では、日米、日中が横綱級で、日韓、日露が大関級、EUや中東紛争が関脇級で、台湾や香港は小結級といったところだった。台湾問題は1996年の総統選挙、香港問題は1997年の返還などで一時的に注目されて番付が上がっても、それが終わるとまた元の状態に戻るような感じであった。台湾・香港の重要性が色あせていく傾向が反転を始めたのが、2014年の台湾でのヒマワリ運動、香港での雨傘運動だった。

現実は、常に我々の想像の一歩先にある。台湾・香港での運動が単なる現地政権への異議申し立てという域を超えて、中国の台頭というグローバルな影響を及ぼす現象と対をなした抵抗運動の様相を示した。

台湾では、その後、中国との距離を取ろうとする民進党の蔡英文総統が2016年に政権復帰を勝ち取った。事前の予想を超える勝ち方に、世界は驚かされた。台湾が経済的に優勢な中国に飲み込まれる、という先入観を多くの人が抱いていたからだった。

香港でも2016年、立法会選挙で民主派や本土派が大きく議席を伸ばす。時代の歯車はこのあたりから逆回転を始めていた。来るべき米中新冷戦の前触れが、私たちが気づかないまま、ひたひたと台湾・香港に近づきつつあった。

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国が首脳会談要請、貿易・麻薬巡る隔たりで米は未回

ワールド

トランプ氏、NATOにロシア産原油購入停止要求 対

ワールド

アングル:インドでリアルマネーゲーム規制、ユーザー

ワールド

アングル:米移民の「聖域」でなくなった教会、拘束恐
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 2
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 5
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 6
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「火山が多い国」はどこ?
  • 8
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 9
    村上春樹は「どの作品」から読むのが正解? 最初の1…
  • 10
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story