コラム

自転車の旅が台湾で政治的・社会的な意味を持つ理由

2016年11月21日(月)11時14分

Pichi Chuang-REUTERS

<先日、「自転車での台湾一周(環島)」イベントに参加した。民衆は「環島」に夢中になり、政治家も人気獲得のパフォーマンスとして自転車の旅を行なうが、そこには「認識台湾(台湾を知る)」という深い意味が込められている> (上写真:2011年の大晦日に台湾全土で11万人超が参加した自転車ライドのイベント、台北)

 台湾一周のことを「環島」と呼ぶ。そもそもなんで「環」なのだろうか。

 台湾はその中心に台湾山脈がそびえているので、横の移動は非常に難しい地形だ。自然、道路も鉄道も、海岸線に沿ってぐるりと四方を回るように造られている。だから「環島」が可能になる。

 ほぼ同じ大きさの九州では、主要道が福岡--鹿児島の縦軸に通ってそこから放射状に広がっているので「環島」をやろうとしても成立しない。北海道も周囲の自然が厳しすぎて難しい。その意味で「環島」は天が台湾に与えた賜物であると言うこともできるだろう。

 その台湾の自転車メーカーGIANT(ジャイアント)が主導して毎年開いている「騎遇福爾摩沙900(フォルモサ900)」という環島ライドのイベントが11月上旬に行なわれ、私はそれに初参加した。本当のことを言えば、台湾一周をしたかったのだが、有り難いことに拙著『台湾とは何か』(ちくま新書)がある賞をいただいて、その授賞式がイベントの最中にぶつかってしまったので、台北から最南部・屏東までの500キロだけで今回はとどめることにした。それでも、自転車の長距離ライドの経験がほとんどない私にとっては、前代未聞の未体験チャレンジであった。

nojima161121-2.jpg

「フォルモサ900」に参加した筆者(提供:筆者)

 坂道の多寡や地形、宿泊地の場所によって距離が変わるが、1日に走る距離は平均100キロだ。私が参加したのは9日間で環島を成し遂げるコースで、GIANTのCEOである羅祥安氏がチームリーダーになって約40人のグループをつくった。ほかにも7日で回る中級者チームや5日で回る限界挑戦型の上級者チームもある。私のような初体験組は、ほとんど9日間のこのチームに入った。

 どのチームにもGIANT傘下のGIANT旅行社で年間十数回は台湾を回るという百戦錬磨のスタッフが数人ついてくれて、コースの先導、休憩場所の選定、注意事項、故障や転倒に見舞われた者のケアなどを完璧に果たしてくれる。自転車やウエアもレンタルできるので、身一つでも参加することができるという手軽さである。

nojima161121-3.jpg

1日目、台北から新竹まで90キロを走った(提供:筆者)

 ただ、手続きは手軽でも、ライドは手軽ではない。朝6時に起きて食事、体操をして、7時に出発。15~20キロごとに休憩を取りながら、午後4~5時ぐらいまで走って目的地に着く。汗で汚れたウエアや下着を洗濯して干してから夕食を取り、翌日の準備をして10時ぐらいには眠った。翌日も起きてまた走る。とにかく走ること以外は何もしない。しかし、飽きることはなかった。とにかく前に進むことで精一杯。景色を楽しむ余裕もそれほどなかった。

 結果として、私は5日間、特に大きなトラブルもなく、転倒もせず、パンクもせず、お尻もそれほど痛くなく、思ったよりもスムーズに台湾縦断の旅を終えることができた。その間、一日中一生懸命ペダルを漕ぎながら考えていたことは「台湾を自転車で走る」という行為の意味だった。

 台湾を自転車で走る。このことが持っている意味は、単なるスポーツとしてのライドということに留まらない。もちろん、スポーツとしても900キロを走るということは十分に楽しめるのだが、台湾社会と台湾の人々にとっては、恐らく、もっと象徴的で本質的な意義があるのである。

プロフィール

野嶋 剛

ジャーナリスト、大東文化大学教授
1968年、福岡県生まれ。上智大学新聞学科卒。朝日新聞に入社し、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長(2007-2010)、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年4月に独立。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾でも翻訳出版されている。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)『銀輪の巨人』(東洋経済新報社)『蒋介石を救った帝国軍人 台湾軍事顧問団・白団』(ちくま文庫)『台湾とは何か』『香港とは何か』(ちくま新書)。『なぜ台湾は新型コロナウイルスを防げたのか』(扶桑社新書)など。最新刊は『新中国論 台湾・香港と習近平体制』(平凡社新書)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏消費者信頼感指数、9月はマイナス12.9に

ワールド

イスラエル軍とヒズボラ、レバノン国境で攻撃の応酬 

ビジネス

スト継続中は賃金支給せず、サムスンがインド工場従業

ビジネス

再送-米政府、バッテリー製造関連の25プロジェクト
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
特集:ニュースが分かる ユダヤ超入門
2024年9月17日/2024年9月24日号(9/10発売)

ユダヤ人とは何なのか? なぜ世界に離散したのか? 優秀な人材を輩出した理由は? ユダヤを知れば世界が分かる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    世界で最も華麗で高額な新高層ビルに差す影
  • 2
    NewJeans所属事務所ミン・ヒジン前代表めぐりK-POPファンの対立深まる? 
  • 3
    他人に流されない、言語力、感情の整理...「コミュニケーション能力」を向上させるイチオシ書を一挙紹介
  • 4
    「ゾワッとする瞬間...」大ヘビが小ヘビ2匹を吐き出…
  • 5
    口の中で困惑する姿が...ザトウクジラが「丸呑み」し…
  • 6
    ヒズボラの無線機同時爆発の黒幕とみられるイスラエ…
  • 7
    トランプを再び米大統領にするのは選挙戦を撤退した…
  • 8
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 9
    がん治療3本柱の一角「放射線治療」に大革命...がん…
  • 10
    「テレビから消えた芸人」ウーマン村本がパックンに…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    クローン病と潰瘍性大腸炎...手ごわい炎症性腸疾患に高まる【新たな治療法】の期待
  • 3
    キャサリン妃とメーガン妃の「ケープ」対決...最も優雅でドラマチックな瞬間に注目
  • 4
    北朝鮮、泣き叫ぶ女子高生の悲嘆...残酷すぎる「緩慢…
  • 5
    北朝鮮で10代少女が逮捕、見せしめに...視聴した「禁…
  • 6
    世界で最も華麗で高額な新高層ビルに差す影
  • 7
    【クイズ】自殺率が最も高い国は?
  • 8
    エリザベス女王とフィリップ殿下の銅像が完成...「誰…
  • 9
    ロシア空軍が誇るSu-30M戦闘機、黒海上空でウクライ…
  • 10
    「ポケットの中の爆弾」が一斉に大量爆発、イスラエ…
  • 1
    「LINE交換」 を断りたいときに何と答えますか? 銀座のママが説くスマートな断り方
  • 2
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 3
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 4
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレ…
  • 5
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン…
  • 6
    「もはや手に負えない」「こんなに早く成長するとは.…
  • 7
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 8
    止まらない爆発、巨大な煙...ウクライナの「すさまじ…
  • 9
    ロシア国内クルスク州でウクライナ軍がHIMARS爆撃...…
  • 10
    「ローカリズムをグローバルにという点で、Number_i…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story