最新記事
シリーズ日本再発見

話題作『全裸監督』が黙して語らぬ、日本のミソジニー(女性憎悪)

Stripping Down 'The Naked Director'

2019年10月24日(木)15時00分
岡田育(文筆家、ニューヨーク在住)

モノローグを排した手法、不言実行の賞金首が巨悪を倒して英雄視される物語と言えば、全世界で5億冊近い実売を誇る尾田栄一郎の超人気漫画『ONE PIECE』(集英社)も連想される。こちらも任侠物がベースで、女性やLGBTの描写がステレオタイプだと指摘を受けやすい作品である。

ただ、海賊の冒険を描いた少年漫画ならまだしも、『全裸監督』があぶり出した前世紀の現実は「青春物語」と片付けるにはあまりに重い。AV女優が悲惨な末路をたどる一方、彼女たちの裸で稼いだ村西は、何度逮捕されても大金を積んで保釈される。その金は、村西の才能にほれ込んだ男たちの命懸けの自己犠牲でかき集められるのだ。

zenra04.jpg

中高年には懐かしく、若者や外国人には目新しい?(写真は1992年のジュリアナ東京) FUJIFOTOS/AFLO

物語の冒頭とラスト、村西が「よく見ろ」という意味の言葉を放つ。「スケベ心でのぞき込んだからには同罪だ」と視聴者を共犯に仕立て上げ、ここでも「主犯」は葛藤や悔恨を語らず、罪悪感はこちらに植え付けられる。巧みな脚本だ。「大きな誤算もなく、ネガティブな意味で驚かされた反響もない」と明るく断言した広報の姿が重なる。

世界などまるで意識していなかった、と言われると逆に首をかしげてしまうほど、出色の映像作品だ。しかし一連の騒動を眺める限り、手放しに褒めるのも難しいだろう。

全世界同時配信に国境線はない。どんな作品も瞬時に国際競争にさらされる時代だ。ポルノ先進国にしてジェンダーギャップ後進国である日本のモラルの線引きが、今後グローバルヒットを阻む大きな足かせとならぬことを祈るばかりである。

<本誌2019年10月15日号掲載>

japan_banner500-season2.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

大統領選後に拘束記者解放、トランプ氏投稿 プーチン

ビジネス

ドイツ銀行、9年ぶりに円債発行 643億円

ビジネス

中国は過剰生産能力を認識すべき、G7で対応協議へ=

ワールド

ウクライナ支援、凍結ロシア資産活用で25年以降も可
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:スマホ・アプリ健康術
特集:スマホ・アプリ健康術
2024年5月28日号(5/21発売)

健康長寿のカギはスマホとスマートウォッチにあり。アプリで食事・運動・体調を管理する方法

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結果を発表

  • 2

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決するとき

  • 3

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレドニアで非常事態が宣言されたか

  • 4

    「目を閉じれば雨の音...」テントにたかる「害虫」の…

  • 5

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 6

    高速鉄道熱に沸くアメリカ、先行する中国を追う──新…

  • 7

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された─…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    魔法の薬の「実験体」にされた子供たち...今も解決し…

  • 10

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気を失った...家族が語ったハマスによる「拉致」被害

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 8

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 9

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 10

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中