コラム

絶望感、無力感が破壊衝動に 闇堕ちしやすい独身男性とフェミサイドの生まれ方

2023年03月23日(木)16時45分

「いかにもインセル」とみられる性格には、どんなものがあるか。

スウォンジー大学の心理学者アンドリュー・トーマス博士らの調査によると、非インセル378人と比べてインセル(という自覚のある男性)151人には抑圧された感覚、不安、孤独感が強かった。その一方で、生活への満足感が総じて低く、より「カジュアルなセックス」を望む傾向が強かった。

さらに注目すべきは、インセルの被験者には、対人関係における被害者という感覚が強くみられたことだ。つまり、「周囲が自分にマウントをとろうとする」と感じやすい。

これに加えて、インセルには「世の中の不公正」について熟考する傾向も強いとも報告された。内にこもりやすく、うつ症状を引き起こしやすいというのだ。

自殺のための他殺

「いかにもインセル」な性格が、インセルであることの原因なのか、結果なのかは明らかではない。しかし、似たような結果を示す心理学、精神分析の調査・研究は多い。

ローマにあるサピエンツ大学のジャコモ・チョッカ教授らのグループは770人の調査から、インセルには不安や抑圧感だけでなく偏執症(パラノイア)の傾向があると結論づけた。

精神的に追い詰められやすいインセルには自殺が目立つという報告もある。ジョージタウン大学医学部でテロリストの動機や心理を研究し、アメリカ政府のテロ対策にも関わるアン・スペックハルト博士らのチームによると、インセルという自覚のある調査対象272人のうち約6割に多かれ少なかれ自殺願望があった。

だからこそ、インセルによる無差別殺傷などの事件では逮捕される前に自殺する犯人が多いと指摘されている。

逆恨みの理論武装

「いかにもインセル」な性格の持ち主には、理論武装で逆恨みを覆い隠すことも珍しくない。そのキーがレッドピルとブラックピルの二つだ。

このうちレッドピルはハリウッド映画「マトリックス」(1999)に由来する。「マトリックス」で主人公ネオが服用したレッドピルは、世の中で当たり前と思われていることが虚構で、真実の世界は別にあると目覚める錠剤だ。

ここから最近の英語で「レッドピルを飲む」は、一般的に「政府やメディアが伝える'常識'を疑い、自分自身で考える」比喩として用いられるが、インセルの文脈では主に以下の点に「目覚める」ことを指す。

・'男性が女性に対して支配的立場にある'という考えはウソ
・カップル成立には、地位、財力、容姿などで男性を選べる女性の決定権が大きい
・結婚制度そのものが女性の利益になる
・この世界で男性はむしろ不利に扱われている

この論理がかなりバイアスの強いものであることは、いうまでもない。いわゆる上昇婚は男性より女性に多いとしても、この論理はカップル成立における男性の決定権を過小評価しすぎで、「他者の悪意」を前提に、一部の事実を都合よく拡大解釈する陰謀論に近い。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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