コラム

ルーマニアはエルサレムに大使館を移すか──「米国に認められたい」小国の悲哀と図太さ

2018年04月24日(火)18時30分

その一方で、パレスチナ問題で常にイスラエルを支持してきたわけでもなく、やはり他のヨーロッパ諸国と同様、ユダヤ人への差別意識も根強くあります。世論調査では、国民の22パーセントが「観光客である限りユダヤ人に好意的」と答えています。

つまり、ルーマニアの今回の方針は、パレスチナ問題そのものへの独自の見解によるものではないのです。そこにはむしろ、米国に「認められたい」小国ならではの事情を見出せます。

「認められたい」ルーマニア

ルーマニアは冷戦時代、ソ連の勢力圏にある共産主義国家でした。しかし、他の東ヨーロッパ諸国と同じく、冷戦後はその反動で西側に接近。北大西洋条約機構(NATO)やEUへの加盟を果たし、「西側の一国」として足場を固めました。

しかし、同じEU加盟国でも、西ヨーロッパとの格差は今も大きくあります。そのため、ルーマニアだけでなく東ヨーロッパ諸国にとって、米国や西ヨーロッパとの経済、安全保障協力が重要な課題です。

ただし、東ヨーロッパ諸国にはソ連の継承者ロシアに対してだけでなく、EUの実権を握り、国内改革を要求してくるドイツやフランスへの警戒感も強くあります。これはルーマニアをはじめ東ヨーロッパ諸国に、米国に接近させる大きな背景となってきました。

その典型例は、やはり国際的に批判を集めたイラク侵攻(2003)にみられます。フランスやドイツは米英主導のイラク侵攻に反対し、その後の駐留軍にも部隊を派遣しませんでしたが、多くの東ヨーロッパ諸国はむしろ積極的に参加しました。なかでもルーマニア軍は2009年7月までイラクに駐留しましたが、その撤退は米英(2011年)を除くと、オーストラリアとともに最後でした。つまり、東ヨーロッパのなかでもルーマニアは、特に米国に「認められたい」意識が強いといえます。

これに加えて、近年ではシリア難民の急増で、EUに受け入れ枠を強制されたことが、他の東ヨーロッパ諸国と同様にルーマニアでも反EU感情に拍車がかかっています。これは結果的に、その米国へのアプローチをますます強める一因といえます。

「つれなさ」がもつ力

ところが、その「献身」にもかかわらず、米国はルーマニアを特に重視してきませんでした。

例えば、IMFによると2017年のルーマニアの米国への輸出額は約22億ドル、輸入額は約9億ドルでした。これを周辺国と比べると、同年のブルガリア(約7億ドル、約4億ドル)と比べて大きいものの、ポーランド(約70億ドル、約45億ドル)、ハンガリー(約50億ドル、約19億ドル)などと比べて小規模です。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ポーランドが対人地雷生産へ、冷戦後初 対ロ防衛強化

ビジネス

アマゾンなど3社の株主、米移民政策の影響開示を要請

ビジネス

仏経済、26年上半期は0.3%成長へ 消費安定=I

ビジネス

アングル:フォードのEV撤退、政策転換と需要減の二
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 5
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story