コラム

「トランプ現象」を掘り下げると、根深い「むき出しのアメリカ」に突き当たる

2016年03月11日(金)16時30分

問題は「地域社会」という物言い

 そんな中、1980年の大統領選が開催される。共和党候補のロナルド・レーガンは独自の「南部戦略」を用いた。共和党の指名候補となったばかりのレーガンはミシシッピー州に行き、かつて公民権運動の活動家3人が殺害された町のすぐ近くで遊説を行い、含みのある発言をした。意訳すると、以下のようになる。
 「私は州の権利を尊重する。私は市民が地域社会や私生活の中で出来る限りのことをする姿勢を応援する。現在、連邦政府は過剰なまでの権限を持ってしまった。大統領になったら州や地域社会に配慮する方向で、権力のバランスを元に戻そうと思う」

 問題は「地域社会」という物言いだ。これは非常に間接的な言葉遣いで、
 「皆さんの人種問題に関する考え方に外から踏み込むことはけしてありません」
 とほのめかしているようにも聞こえる。つまり、
 「積極的にミシシッピー州の黒人への富の再分配や権利の拡大を推進することはない」
 と公約しているように読み取れるのだ。

 レーガン大統領のアドバイザーだったリー・アットウォーターはこのように述べた。
 「1954年にはひたすら『ニガー、ニガー、ニガー』と連呼していればよかった。だが1968年にはそんな言葉を使うと党が損害を被る。だから今度は『差別撤廃に向けたバス通学』『州の権利』とかいう風に言い方を変える。どんどんと物言いを抽象化させ、減税政策などの経済用語に埋め込んでいく。だがその政策の結果、白人より黒人の方が痛みを感じるようになっている。それが白人有権者の無意識に訴えかける。直接黒人について語らなくても、黒人を叩く方法があるということだよ(以上、意訳)」

 共和党の「南部戦略」はニクソン、レーガン、ブッシュ(父)へと受け継がれていく。だが時代に合わせて露骨な差別や社会を分断するレトリックはトーンダウンされた。「小さな政府」「州の権利の尊重」「地域社会への配慮」「個人の選択に政府が介入しないこと」などと抽象的な言葉へと暗号化され、そこに白人を優遇する政策の意図があったとしても、薄味だった。アメリカが比較的安定した経済成長を続けていたため、「優しさ」の仮面を被ることができたとも言える。金持ちが優遇されるものの、白人の労働者層にも富が回っていたため、そこまで人種優位や隣人への排他的な感情に訴えかけずとも票が稼げたのだ。一方、税制はひたすら黒人を虐げるものであり続けた。

プロフィール

モーリー・ロバートソン

日米双方の教育を受けた後、1981年に東京大学に現役合格。1988年ハーバード大学を卒業。国際ジャーナリストからミュージシャンまで幅広く活躍。スカパー!「Newsザップ!」、NHK総合「所さん!大変ですよ」などに出演中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、シカゴへの州兵派遣「権限ある」 知事は

ビジネス

NY外為市場=円と英ポンドに売り、財政懸念背景

ワールド

米軍、カリブ海でベネズエラ船を攻撃 違法薬物積載=

ワールド

トランプ氏、健康不安説を否定 体調悪化のうわさは「
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story