コラム

「200億円赤字」AbemaTVがメディアと広告の未来を変える?

2017年06月21日(水)11時13分

【地】「地上波TVの代替」を目指すための競争優位性

「地」とは、競争環境における「地の利」のことであり、業界内での競争優位性や比較優位を表したものである。

AbemaTVは以下のような点においてマスメディアとしてのインターネットTVを構築していくのに必要な競争優位性をもっているものと判断される。

●TV局(テレ朝)×ネット(サイバーエージェント)
●TVクオリティー×ネット技術
●TV視聴データ×SNSデータ
●TVの代替vs.ビデオの代替
●UI(ユーザー・インターフェイス)×UX(ユーザー・エクスペリエンス)

AbemaTVを理解する上で大きなポイントとなるのは、現在の地上波TVの代替となることを目指しているということだろう。

テクノロジーの進化によって消費者は、オンデマンドで見たい番組を選ぶというプロセスさえもストレスと感じるようになってきている。だからこそ、視聴者が自ら見たい番組を選択する「オンデマンド型ビデオ」ではなく、地上波TVのように「つけたらリアルタイムで番組が流れている」という「リアルタイム×受動的視聴」にこだわっているのだ。

AbemaTVが「地上波TVの代替」であるのに対して、ネットフリックスやdTVなどの競合は、一部の番組を除き「オンデマンド型ビデオ」というビジネスモデルなのである。AbemaTVでも「オンデマンド型ビデオ」の機能は有しているものの、あくまで24時間編成のリアルタイムTV局という点にこだわりをもっている。

【道】「マスメディア×広告」のゲームのルールが変わる

「道」とは、企業としてどのように在るべきなのかというグランドデザインやどのような事業にしたいのかという戦略目標のことである。それらをさらに詳細なものに落とし込んでいくと、企業や事業としてのミッション、ビジョン、バリュー、戦略となっていく。

AbemaTVは「天の時」と「地の利」の両者が合致した事業であると判断される。藤田社長は当初から「マスメディアをつくる」と宣言して事業をスタートさせているが、「マスメディア」の定義としたWAU 1000万という目標に対して開局1年で411万を達成、この戦略目標も現実的なものになってきている。

電通や博報堂などの大手広告代理店にとって、TVという媒体は従来、企業の広告宣伝費が最も多く投入されるメディアであった。広告を主業とするサイバーエージェントが事業ドメインのなかにマスメディアとしてのTVをもつことは、「マスメディア×広告」のゲームのルールが変わってしまうくらいにインパクトの大きい出来事になると考えられる。

それは、AbemaTVがマスメディアとしてのTVという性格に加えて、ビッグデータの集積装置としてのインターネットTVという性格も併せもつからである。AbemaTVをビッグデータの集積装置として見た場合の大きな特徴は、視聴者の番組や動画広告に対する反応をリアルタイムにデータで把握できることにある。

秒単位でどこまで実際にどのような視聴者に視聴されたのかをデータで把握することができるため、どの場面で視聴者が興味を失ったかを把握し、それを番組制作や動画広告制作に反映させることができる。この水準から設計された広告の最適化は驚異的なものになるはずだ。特に動画広告においては、受動的に見ているからこそ広告が視聴者に受け入れられやすい(逆に、目的をもって能動的に動画を見ている視聴者にとって広告は邪魔になる)といった特徴があることを考えると、AbemaTVの競争優位性がより一層明らかになるに違いない。

見逃せないのは、サイバーエージェントがこれまで蓄積してきたビッグデータとしてのSNSデータとTV視聴データを掛け合わせて分析することで、消費者の行動パターンや心理パターンまでをも詳細に把握することが可能になることだろう。AbemaTVの「マスメディア×ビッグデータ」という差別化ポイントの切り口は極めて鋭いものになると評価できよう。

また、IoT時代におけるインターネットを通じた消費者への価値提供については、UI×UXという視点が重要視され始めている。UIとはUser Interface(ユーザー・インターフェイス)の略であり、現在ではスマホの画面上のデザイン等までをも含む概念となっている。UXとはUser Experience(ユーザー・エクスペリエンス)の略であり、UIを通じての消費者の経験価値や満足度を表す概念だ。

UI×UXが重要視され始めているのは、IoT、AI等のメガテックが本格的に普及し、消費者のニーズが人としての自然な動きや行動に即したものを求めるレベルにまで高まってきているからである。

このようななかで、AbemaTVが「リアルタイム×受動的視聴」という地上波TVがもつ最大の強みをインターネットTVで実現するとともに、スマホという今や完全に主流になったデバイスでのTV視聴において最適なUI×UXの価値を提供しようとしていることは重要なポイントだろう。

図表1の「地」の欄で示したように、「TV局(テレ朝)×ネット(サイバーエージェント)」、「TVクオリティー×ネット技術」、「TV視聴データ×SNSデータ」という差別化ポイントのすべてが、AbemaTV の「UI×UX」という差別化ポイントを相乗的に高めていることをここで指摘しておきたい。

【参考記事】新規上場スナップチャット、自称「カメラ会社」で何を狙うのか

プロフィール

田中道昭

立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。『GAFA×BATH 米中メガテックの競争戦略』『アマゾン銀行が誕生する日 2025年の次世代金融シナリオ』『アマゾンが描く2022年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『ミッションの経営学』など著書多数。

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