最新記事
文学

言語を旅する静かな「ラディカリズム」──多和田葉子と「母語の外」の文学【note限定公開記事】

Yoko Tawada’s Quiet Radicalism

2025年9月7日(日)08時05分
ローダ・フェン(批評家)
夕焼け空の下でライトアップされるベルリンの歴史的建造物ブランデンブルク門

TILIALUCIDA/SHUTTERSTOCK

<ドイツ在住の作家・多和田葉子は、「母語の外」を歩いてきた。最新の英訳エッセイで垣間見えるのは、その旅の核心にあるひとつの視点だ>


▼目次
1.言葉は「皮膚」であり、「胃袋」でもある
2.渡り鳥のように「言語」を旅する
3.「母語」の特権に挑む
4.自国にあっても「異邦人」あれ

1.言葉は「皮膚」であり、「胃袋」でもある

「私は袋に放り込まれるように日本語の中に生まれた」と、ドイツ在住の作家・多和田葉子は書いたことがある。「だから日本語は私にとって外皮となった。一方、ドイツ語は丸ごとのみ込んだ。それ以来、私の胃袋に収まっている」

この比喩が言語のヒエラルキーを示唆しているという考えに、多和田はあるインタビューで反論している。

母語は皮膚と同様に密着していて、剝がれ落ちることはない。対照的に、第2言語は意識的に消費される。咀嚼され、味わわれ、代謝される。中には完全に消化されまいと抵抗する外国語もある、と彼女は指摘する。

そういう言語は同化されず、喉や腹に不快にとどまる。一方、「肉」となり、やがて自分の肉体の一部となる言語もある。

見慣れたものと見慣れないものとの「ダンス」は、多和田の作品における一貫したテーマだ。

日本語あるいはドイツ語で書かれた彼女の小説では、一種の意図的な違和感を演出し(異化作用)、語り手と彼らを取り巻く世界との出会いを演出することで、読者も登場人物も見慣れたものを新たな視点で見ることを余儀なくされる。

多和田の小説『タリスマン』では、ある女性がイヤリングを護符と誤解する。

『ふたくちおとこ』では、日本人観光客グループがドイツ人のトリックスターに出会い、そのバイリンガルの駄じゃれと腹話術の妙技を楽しむと同時に困惑させられる。

多和田の世界では、誤読は必ずしも失敗ではない。

それは生成的な行為であり、言葉と意味、記号とそれが指し示すものとの結び付きが常に双方の交渉で成立することを示す方法なのだ。

2.渡り鳥のように「言語」を旅する

今年6月に英訳版が出たばかりのエッセイ集『エクソフォニー』で、多和田は意味の不安定さを探求のモードに変えている。

◇ ◇ ◇

記事の続きはメディアプラットフォーム「note」のニューズウィーク日本版公式アカウントで公開しています。

【note限定公開記事】言語を旅する静かな「ラディカリズム」──多和田葉子と「母語の外」の文学


ニューズウィーク日本版「note」公式アカウント開設のお知らせ

公式サイトで日々公開している無料記事とは異なり、noteでは定期購読会員向けにより選び抜いた国際記事を安定して、継続的に届けていく仕組みを整えています。翻訳記事についても、速報性よりも「読んで深く理解できること」に重きを置いたラインナップを選定。一人でも多くの方に、時間をかけて読む価値のある国際情報を、信頼できる形でお届けしたいと考えています。

Foreign Policy logo From Foreign Policy Magazine

ニューズウィーク日本版 豪ワーホリ残酷物語
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年9月9日号(9月2日発売)は「豪ワーホリ残酷物語」特集。円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代――オーストラリアで搾取される若者のリアル

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏、貿易協定締結国に一部関税免除 金など4

ワールド

イスラエル軍、ガザ市住民に避難指示 高層ビル爆撃

ワールド

トランプ氏、「ハマスと踏み込んだ交渉」 人質全員の

ワールド

アングル:欧州の防衛技術産業、退役軍人率いるスター
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    「稼げる」はずの豪ワーホリで搾取される日本人..給…
  • 5
    ロシア航空戦力の脆弱性が浮き彫りに...ウクライナ軍…
  • 6
    「ディズニー映画そのまま...」まさかの動物の友情を…
  • 7
    金価格が過去最高を更新、「異例の急騰」招いた要因…
  • 8
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 9
    今なぜ「腹斜筋」なのか?...ブルース・リーのような…
  • 10
    ハイカーグループに向かってクマ猛ダッシュ、砂塵舞…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 3
    眠らないと脳にゴミがたまる...「脳を守る」3つの習慣とは?
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 6
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 7
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 8
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害…
  • 9
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 10
    「見せびらかし...」ベッカム長男夫妻、家族とのヨッ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 6
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 7
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 8
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 9
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
  • 10
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家の…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中