コラム

「孫子の兵法」に学ぶ、詐欺を見抜くための2つの方法 大切なのは「主導権」を握らせないこと

2022年11月24日(木)16時25分

komiya221125_fraud2.jpg

「孫子の兵法」誕生地に建てられた孫武像(中国・蘇州市) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

もっとも、「孫子の兵法」が孫武のものであるかどうか疑わしいとする見方も強かった。何しろ日本で言えば弥生時代の書物である。歴史解釈に疑義が挟まれて当然だ。しかし、1972年に、山東省の銀雀山にある漢の時代の軍人の墓から、「孫子の兵法」が記された竹簡(ちくかん、細長い竹の板)が出土した。建設工事中に偶然、2000年ぶりにその姿を見せたのだ。

komiya221125_fraud3.jpg

銀雀山漢墓竹簡博物館における竹簡の展示(中国・臨沂市) 出典:『写真でわかる世界の防犯 ――遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館)

発掘された大量の竹簡の中には、二人の孫子の兵法書が含まれていた。呉の孫子と斉の孫子(孫武の子孫)のものだ。このうち、斉の孫子の兵法書は、初めて目にするものだった。ということは、今に伝わる孫子の兵法書は、呉の孫子(孫武)のものということになる。こうして、「孫子の兵法」をめぐる憶測に終止符が打たれたのである。

「孫子の兵法」は、紙が発明される前に書かれたにもかかわらず、曹操、吉備真備、武田信玄、ナポレオン・ボナパルト、吉田松陰、東郷平八郎、毛沢東だけでなく、現代のビジネスマンやスポーツマンも、戦略的思考のバイブルとして愛読している。したがって、この不朽の名作は、防犯を考える際にも、貴重な指針となるに違いない。

日本では「戦うごとに必ず危うし」状態

「孫子の兵法」で最もよく知られたフレーズは、「彼を知り、己を知れば、百戦危うからず(相手を熟知し、自分を熟知していれば、何度戦っても危険はない)」であろう。敵と味方の戦力や戦意について、的確な情報を収集し、正確に分析し、客観的に比較することの重要性を説く言葉だ。

なぜこれが重要なのか。それは、敵軍と自軍の物理的・心理的な実態を把握できれば、戦争の勝敗を予測できるからである。予測できるからこそ、敗北という危険も回避できるわけだ。孫子が、「百戦百勝」ではなく、「百戦危うからず」と言っている意味もそこにある。「彼を知り己を知る」のは、予測の精度を上げるために必要なことなのだ。

ところが、日本の防犯対策においては、相手と自分を知ることがおろそかにされている。孫子の言葉を借りるなら、「彼を知らず、己を知らざれば、戦うごとに必ず危うし」という状態だ。

例えば、敵を「不審者」と呼んでいること。それで防犯になっていると人々は思い込んでいる。しかし、「どうやって不審者を見分けるのか」と問われれば、だれも答えられない。これでは、犯罪の予測などできるはずがない。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ホンダ、今期の営業利益5割減予想 米関税や円高が下

ビジネス

独再保険2社、LA山火事で第1四半期減益 保険請求

ビジネス

オリンパス、発行済み株式の3.19%・500億円を

ワールド

米FBI、捜査官に移民取り締まり優先方針伝達 司法
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映った「殺気」
  • 3
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因は農薬と地下水か?【最新研究】
  • 4
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 5
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 6
    「出直し」韓国大統領選で、与党の候補者選びが大分…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    「がっかり」「私なら別れる」...マラソン大会で恋人…
  • 9
    あなたの下駄箱にも? 「高額転売」されている「一見…
  • 10
    ハーネスがお尻に...ジップラインで思い出を残そうと…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 9
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 10
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story