コラム

なぜ防げない? 「宮﨑勤事件」以降も変わらない誘拐対策

2022年08月17日(水)18時50分
公園で遊ぶ子供

「入りやすく見えにくい場所」には要注意(写真はイメージです) ziggy_mars-iStock

<「なぜあの人が?」というアプローチは、犯罪者の改善更生の分野では有効だが、犯罪を事前に防ぐためのヒントにはなりにくい。連れ去り事件を防ぐには「場所で守る」発想が必要だ>

夏休みになると思い出される事件がある。今から34年前の8月に発生し、世間を震撼させた「宮﨑勤事件」だ。シリアルキラー(連続殺人犯)が、埼玉と東京で4人の子どもを相次いで誘拐し殺害したのだ。

この事件自体は、すでに死刑が執行されているので、風化したかもしれない。しかし、依然として、事件から学ぶべき点は多い。なぜなら、今も起きている誘拐殺害事件の犯行パターンが、宮﨑勤事件とほとんど同じだからだ。

誘拐のパターンが変わらないのに、なぜ事件を防げないのか。

それは、宮﨑勤事件のときに、「ボタンの掛け違い」が起きてしまい、その結果、防犯に有効な「犯罪機会論」が、いまだに普及していないからだ。

アメリカの作家マーク・トウェインは、「人がトラブルに巻き込まれるのは知らないからではない。知っていると思い込んでいるからである」と語ったという。まさにそうしたことが、防犯対策で起きている。ほとんどの人は、犯罪について「知っている」と思い込んでいるのだ。

犯行動機は外から見えない

事件当時、マスコミはこぞって、宮﨑勤の「性格の異常性」に注目した。「多重人格ではないか」といった報道もなされた。「オタク」という言葉も、事件がきっかけで、ネガティブなイメージとして広まった。

マスコミのように、「なぜあの人が?」というアプローチを取る立場を、犯罪学では「犯罪原因論」と呼んでいる。この立場は、犯罪者の改善更生の分野では有効である。だからといって、犯罪をしそうな人をあらかじめ発見できるわけではない。犯行動機は外からは見えないからだ。

ところが、宮﨑勤事件以降、まるで「動機は犯行前に見える」と言わんばかりに、「不審者」という言葉が多用されるようになった。しかし、「不審者に気をつけて」という方法では、34年経った今でも、宮﨑勤事件は防げない。

対照的に、「犯罪機会論」は「なぜここで?」というアプローチを取る。研究の結果、犯罪が起きやすいのは「入りやすく見えにくい場所」であることが、すでに分かっている。

子どもの誘拐事件は、基本的に、物色→接触→連れ去りという3つの段階から成るが、犯罪者にとって、「入りやすく見えにくい場所」は、一連の行為が問題なくできる場所なのだ。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:ドローン大量投入に活路、ロシアの攻勢に耐

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story