コラム

なぜ防げない? 「宮﨑勤事件」以降も変わらない誘拐対策

2022年08月17日(水)18時50分

そこで、この2つの基準を用いて、現場を検証してみたい。

最初の誘拐現場(埼玉県入間市)となったのは、歩道橋である(写真1)。そこから宮﨑は、4歳の幼稚園女児を、団地の側面に沿った道路を通って、団地の駐車場に止めておいた車まで連れ去った。

歩道橋の上は「入りやすい場所」であり、運転者や歩行者から「見えにくい場所」だ。そして、窓がない建物の側面に沿った道路は、居住者から「見えにくい場所」である。

komiya220817_01.jpg

写真1 筆者撮影

連れ去りの手口について、東京地裁の判決文では、「歩道橋を、同女が上ろうとしている階段とは反対側の階段から上っていって、歩道橋の上で同女に近付くと、同女の面前に腰をかがめ、笑顔で、『お嬢ちゃん、涼しい所に行かないかい。』などと声を掛け、さらに、『今来た方でいいんだよ。行かないかい。』などと同女に付いて来るように促し、先に立って歩道橋を七号棟方向に下り」(原文ママ)と書かれている。

この部分を読んだだけでも、宮﨑は、犯罪者らしい振る舞いをするどころか、優しく信頼できる大人であるかのように振る舞っていたことが分かる。歩道橋を反対側から上ることで偶然を装い、腰をかがめて目線を同じ高さにすることで親近感を抱かせ、先を歩くことで警戒心を解きながら追従心を呼び起こしたのだ。

こうした犯罪者に対して、防犯ブザーは無力である。子どもは、自分から進んで、前を歩く犯罪者について行き、車に乗ってしまうからだ。また、「知らない人」について行かない子どもでも、こういう犯罪者にはついて行くかもしれない。犯罪者らしくない振る舞いによって、警戒心が解かれ、安心感や親密感が増しているので、その人はすでに「知っている人」になっているからだ。

犯罪に成功しそうな雰囲気を醸し出す場所

距離を置いてついて来た子どもが、車が止めてある場所で、自ら進んで車に乗り込むという状況では、子どもが連れ去られているとは気づかれにくい。その意味で、こうした場合には、最初に接触した「入りやすく見えにくい場所」で、犯罪はすでに成功していたと言わざるを得ない。

このように、子どもを狙う犯罪者にとって最も重要なのは、子どもと接触する場所だ。そこが「入りやすく見えにくい場所」なら、犯罪に成功しそうな雰囲気を醸し出してしまう。要するに、「入りやすく見えにくい場所」は、連れ去るのに絶好の機会を提供するのだ。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページとYouTube チャンネルは「小宮信夫の犯罪学の部屋」。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送-〔ロイターネクスト〕米第1四半期GDPは上方

ワールド

中国の対ロ支援、西側諸国との関係閉ざす=NATO事

ビジネス

NY外為市場=ドル、対円以外で下落 第1四半期は低

ビジネス

日本企業の政策保有株「原則ゼロに」、世界の投資家団
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 3

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 4

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story