コラム

「兵士は家畜扱い」「囚人は生殖器を切られ...」 除隊したロシア兵が明かした戦場の現実

2022年08月19日(金)17時30分

3月3日にはミコライウを襲撃して、さらに南西部の港湾都市オデーサまで行くという。信じられなかった。指揮官は部隊が疲弊していることを理解していないのだろうかとフィラティエフさんは自問した。ミコライウ近くの塹壕の中で、ウクライナ軍の砲撃をただじっと耐える。みんなヒゲと泥にまみれていた。新しい軍服や軍靴、弾薬や防寒着の補給はなかった。

「この地獄から抜け出すため自分の手足を撃って300万ルーブル(約680万円)の負傷手当をもらおうとする人が出てきた。ロシア軍に拘束された囚人は指と生殖器を切り落とされたという話を耳にした。ある駐屯地では死んだウクライナ人が座席に座らされ、名前を付けられたそうだ」。300万ルーブルはロシアの平均的な労働者が4年間で稼ぐ金額に相当する。

砲撃されるたびフィラティエフさんは地面に顔を押し付け、「神様、これを乗り切ったら、どんなことでもして変えてやる」と誓った。「私たちは彼ら(ロシア上層部や軍)にとって人間ではなく、家畜と同じだ。戦場は土と飢えと寒さと汗、死と隣り合わせだった」。4月中旬、砲撃で土が目に入り、失明する恐れがあったフィラティエフさんは除隊を決意する。

プーチンの空証文だった300万ルーブルの負傷手当

しかし司令部は兵役逃れの罪で送検する。部隊の半分以上がいなくなった。負傷者や病人はほとんどの場合、補償を拒否される。ロシア兵が「プーチン」と呼ぶ300万ルーブルの負傷手当を受け取った人にお目にかかったことはなかった。約2カ月の「特別軍事作戦」でフィラティエフさんの口座に21万5000ルーブル(約49万円)が残された。

手記を発表したあと最初は警察に出頭するつもりだった。しかし母親から「今のうちにロシアから逃げなさい」と言われた。毎晩違うホテルに泊まり、人権団体の助けでロシア国外に脱出した。部隊の仲間のうち2割は自分の抗議を全面的に支持しているとフィラティエフさんは今でも信じている。

国外脱出前にモスクワの隠れ家的なカフェで英紙ガーディアンの取材に応じたフィラティエフさんは「21世紀にもなってこんな馬鹿げた戦争を始め、兵士に英雄的行為を要求し、自己犠牲を強いている。彼らは私たちを野蛮人に変えてしまった。この戦争に正義はない」と静かな怒りを吐露している。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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