コラム

韓国メディア界が背負う負の遺産

2017年08月23日(水)20時30分

映画『共犯者』予告編から-Youtube

<朴槿恵(パク・クネ)・李明博(イ・ミョンバク)政権の言論弾圧は、公共放送のMBCとKBSもその対象となっていた。このことを描いたインディペンデント系映画が、韓国で現在、静かに注目されている>

数年前、かれこれ10年来の友人である韓国のTV放送局MBCのディレクターと突然、連絡が取れなくなった。何か無礼なことをしてしまったのかと気にしながらも、方法もなくこちらから連絡することは諦めていた。

数年後、彼から突然、取材のために来日するという連絡が来た。

会って話を聞くと、連絡が取れなくなった理由は私の非礼などではなかった。MBCのドキュメンタリー番組「PD手帳」を担当していた彼は、未来戦略室という部署に異動されていたという。その部署にはコンピュータも置いておらず、9時から5時までひたすら部屋にいるだけの、日本でいう「追い出し部屋」だった。文字通り「干されて」いた彼はその間、外部との連絡を絶っていたのだという。

MBCに「追い出し部屋」ができたのは2012年のことだ。当時、同放送局では政権の意向に沿った役員人事に反発した社員による大規模なストライキが行われ、ここにかかわったスタッフのうち6人が解雇、200人が懲戒処分を受けたり、左遷された。同じ地上波放送局であるKBSでも当時、同じようなことが起きている。

公共放送で起きていた言論弾圧

MBCとKBSに何が起こったのか。それについて描いたインディペンデント系映画が、韓国で現在、静かに注目されている。ドキュメンタリー『共犯者』だ。

今年8月17日に一般上映がスタートしたこの映画は、朴槿恵(パク・クネ)前大統領が弾劾されず、任期をまっとうしていた場合、上映するのも難しかったのではないかとされている。韓国のほとんどの映画館の経営は大企業の投資によって成り立っており、インディペンデント系とはいえ、上映を断る映画館もあり得たからだ。なぜか。朴槿恵政権は「野党支持者」と判断する俳優や文化人、企業をブラックリストにまとめ、あらゆる圧力をかけ続けて来たからだ。

朴槿恵・李明博(イ・ミョンバク)政権は言論弾圧には手段を問わなかったが、MBCとKBSもその対象となっていた。

韓国の全国地上波放送局は4局ある。KBS、MBC、SBS、EBSだ。このうちKBSとEBSは受信料などによって運営される公共放送で、MBCは運営は民間だが経営陣の選出に政府が深く関与するため「公営放送」と呼ばれる。

保守系のメディアが強い新聞と違って、テレビ局のMBCとKBSは政権批判などの番組も積極的に放送してきた。MBCの「PD手帳」はその代表でもあった。しかし、李明博政権から続く圧力で骨抜きにされたMBCとKBSは、昨年から今年初めに至る朴槿恵スキャンダルも後追いに終始し、及び腰な報道姿勢を貫いていた。大統領弾劾を求めるローソクデモの現場では、両局の取材クルーに対して、デモ参加者らのブーイングが絶えなかったという。

映画『共犯者』は李明博元大統領や放送局の経営陣など、言論弾圧に加担した人物らを体当たりで取材した様子を撮り続けた。監督であるチェ・スンホはMBCの元ディレクターで、ストライキを理由に解雇された社員の一人だった。

プロフィール

金香清(キム・ヒャンチョン)

国際ニュース誌「クーリエ・ジャポン」創刊号より朝鮮半島担当スタッフとして従事。退職後、韓国情報専門紙「Tesoro」(発行・ソウル新聞社)副編集長を経て、現在はコラムニスト、翻訳家として活動。訳書に『後継者 金正恩』(講談社)がある。新著『朴槿恵 心を操られた大統領 』(文藝春秋社)が発売中。青瓦台スキャンダルの全貌を綴った。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

与党税制改正大綱が決定、「年収の壁」など多数派形成

ビジネス

日経平均は反発、日銀が利上げ決定し「出尽くし」も

ワールド

米国土安全保障省、多様性移民ビザ制度の停止を指示

ビジネス

豪ANZに罰金1.65億ドル、国債取引巡る不適切処
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 2
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 6
    中国の次世代ステルス無人機「CH-7」が初飛行。偵察…
  • 7
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 8
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story