コラム

中国人民元が基軸通貨になり得るこれだけの理由

2021年03月10日(水)15時30分

米中貿易戦争はむしろプラス

少し説明が長くなったが、人民元が基軸通貨になれるかどうかは、この2つの要件をクリアできるかに懸かっている。現時点において中国は世界の工場であり、アメリカに多くの製品を輸出している。中国による輸入品の多くは工業製品を生産するための原材料や部品であり、最終的には輸入した金額以上の輸出を行っている。つまり中国の貿易収支は黒字であり、海外から外貨(ドル)を受け取る立場なので、自国通貨が海外に出ていくことはない。

中国は受け取ったドルを金融市場で人民元に両替し、自国内で使用することになるので、手放したドルが世界を流通してアメリカに戻る。19年における全世界の為替市場におけるドルのシェアは約44%(為替は相手通貨が存在するので50%が最大値)と圧倒的な規模であり、人民元はわずか2%強にすぎない。現時点において人民元が基軸通貨になることはほぼ不可能と考えてよいだろう。

だが状況は徐々に変化している。中国共産党は昨年10月、党の重要会議である中央委員会第5回全体会議(五中全会)を開催し、新5カ年計画において「双循環を通じて経済の拡大を図る」という方針を決定した。

双循環は中国独特の経済用語で、輸出を中心とした外需(外循環)と国内消費を中心とした内需(内循環)の両方を組み合わせるという意味であり、事実上、内需主導型経済への転換と受け止められている。内需経済へのシフトが進めば、輸出が減って輸入が増えるので、人民元が海外に流出する可能性が高まってくる。

もっとも、単純に輸入が増えただけでは、代金がドル決済されることに変わりはないので、人民元の流通は増加しない。ところが、ドナルド・トランプ前米大統領が仕掛けた貿易戦争によってドルの支配構造が変化する可能性が指摘されている。

トランプ政権が中国からの輸入に対して高関税をかけたことで、アメリカと中国は事実上の貿易戦争に突入した。貿易戦争の勃発以降、中国はアメリカ向け輸出を大幅に減らしており、代わりに中国は東南アジアとの貿易を拡大している。

貿易戦争によって中国の輸出産業は大きな打撃を受けたが、中国経済は思ったほど減速しておらず、新型コロナウイルスによる感染を早期に終息させたこともあり、20年の実質GDPは、主要国では唯一のプラス成長を実現した。皮肉にも、中国経済への打撃を狙ったトランプ政権の政策は、逆に米中経済の分断と、東南アジアを中心とした中国経済圏の確立を後押しする結果となっている。

習近平(シー・チンピン)国家主席は今年1月25日、世界経済フォーラム(WEF)が主催するダボス・アジェンダで講演し「デカップリングは各国の利益にならない」と、トランプ政権の貿易戦争を暗に批判した。習氏はオープンな自由貿易が重要と述べ、従来の自由貿易体制に戻すための交渉に応じる用意があることをにおわせたが、額面どおりには受け取らないほうがよいだろう。中国はアメリカとの貿易を復活させ、時間稼ぎをしたいとは思っているだろうが、最終的な狙いはアジア地域において中国経済圏を確立することであり、米中の分断をむしろ望んでいる可能性が高い。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、新誘導技術搭載の弾道ミサイル実験

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、25年に2%目標まで低下へ=E

ビジネス

米国株式市場=ダウ終値で初の4万ドル台、利下げ観測
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story