コラム

日本は「幸福な衰退」を実現できるのか?

2016年11月01日(火)16時49分

 ところが最近では、こうした反応は少なくなり「もう気にしていない」「もっと低いと思った」「日本はアルゼンチンのような国なのだし」といった半ば諦めたようなコメントも目立つようになっている。こうした世間の受け止め方の変化を反映してか、こうした話題もあまりニュースに取り上げられなくなってきた。衰退という現実に対して一種の受容プロセスに入っているようにも見える。

アルゼンチンとの比較論が再び盛り上がっている

 筆者が気になったのは「アルゼンチンのような国」というコメントである。日本とアルゼンチンを比較する議論は、過去何度もブームになっているのだが、最近はネットなどで再びアルゼンチンとの比較を目にする機会が増えている。
 
 アルゼンチンは戦前までは、世界でも有数の先進国だった。第一次大戦直前におけるアルゼンチンの1人当たりGDP(国民総生産)は、英国やフランスには及ばなかったものの、イタリアやドイツよりも高かった。かつてテレビ・アニメで人気を博した「母をたずねて三千里」は、主人公であるイタリアの少年マルコが、アルゼンチンに出稼ぎに行った母を探しに行く物語である。
 
 豊かさを謳歌していたアルゼンチンだが、戦後の工業化の波に乗り遅れ、徐々に経済水準が低下。やがて何度もデフォルトやハイパーインフレを繰り返すようになり、現在では没落国家の象徴と言われるようになった。

 現在のアルゼンチンにおける1人あたりGDPは1万4600ドルとかなり低く、日本の半分以下、米国の4分の1である。1人あたりのGDPだけで豊かさを比較することにはいろいろと批判の声もあるが、基本的に1人あたりGDPはその国の生活水準を示しているといってよい。1人あたりのGDPが低いのに、生活水準が極めて高いという国はなく、その点からすれば、アルゼンチンは明らかに貧しい国の部類に入る。

 ただ、アルゼンチンの人が不幸な暮らしをしているのかというとそうでもなさそうだ。アルゼンチンは世界でも屈指の広大な農地を擁しており、激しいインフレが続いているにもかかわらず食糧は意外と豊富で、しかも安価に手に入る。アルゼンチンの人は、米国人並みに食事を大量に残すとも言われる。

 寂れてしまったとはいえ、かつては南米のパリと謳われた首都ブエノスアイレスには、豊富な資金を投じて建設された美しい街並みが残っており、都市の生活インフラとして機能している。

 またGDPの構造を見ても、全体の中で消費が占める割合は日本より高く、いわゆる開発途上国型の経済ではない。公営の病院と私営の病院の格差が激しく平均寿命も日本よりはるかに短いなど、医療制度にはかなり問題があるようだが、お金がないなりに消費経済を謳歌しているようにも見える。

【参考記事】アルゼンチンから吹いてきた中南米左派政権の終焉の風

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネスなどの分野で執筆活動を行うほか、テレビやラジオで解説者やコメンテーターを務める。『お金持ちの教科書』(CCCメディアハウス)、『スタグフレーション』(祥伝社新書)、『本気で考えよう! 自分、家族、そして日本の将来』 (幻冬舎新書)など著書多数。

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