コラム

米利上げ後の予想で、悲観論が多いのはなぜか

2015年12月22日(火)17時28分

 このほか専門家が指摘する懸念材料としては、インフレ率が低いままで推移していることや、原油価格が低迷していること、あるいは中国経済の失速で米国の製造業の景況感が悪化していることなどがある。だがこれらの指摘も、ある程度、割り引いて考えた方が状況を素直に把握することができる。

景気の動向は雇用に反映されている

 FRBは2%の物価目標を導入しているが、専門家が指摘するように足元のインフレ率はまったく目標値に達していない。11月の消費者物価指数は前年同月比でプラス0.5%、FRBがインフレ目標の目安として重視しているコアPCE(個人消費支出)価格指数は、プラス1.3%(10月)と低迷が続く。原油安やドル高によってデフレ圧力が高まっていることや、IT化の進展など構造的な要因も大きいと考えられる。

 OPECが石油の減産見送りを決定したことで、原油価格は長期的な低迷が予想されている。確かに原油価格の下落は物価の下押し圧力となるほか、米国のシェールガス事業者の経営を圧迫することになるだろう。だが、米国は世界最大の産油国である一方、世界最大の石油消費国でもある。原油価格の下落をマクロ的に見れば、産油国にマイナスで消費国にプラスとなる。米国は両方の影響を受けることになるので、実務的に見れば米国にとって原油安はニュートラルとなる。

 実際、シェールガス事業者が社債発行など金融支援を受けて何とか事業を継続しているとの報道がある一方、ガソリン価格の低下で、燃費が悪いにもかかわらず高額な大型車の販売は絶好調となっている。エネルギー価格の下落は、基本的にあらゆる産業にとってコスト競争力の強化につながるので悪い話ではない。

 こうした状況は雇用に反映されている。物価の上昇は鈍いものの、イエレン議長がかねてから重視している雇用環境は改善が進んでいる。11月の雇用統計は雇用者数の増加が前月比21万1000人増、失業率は5%と非常に良好な結果だった。失業率については、今後さらに低下する見込みであり、ほぼ完全雇用に近づきつつある状況といってよいだろう。

 中国経済失速の影響も軽微といってよい。米供給管理協会(ISM)が発表した11月の製造業景気指数は48.6と、景気判断の境目である50を割った状況にある。中国経済の影響を受けやすい製造業に関しては、リーマンショック以来の厳しい状況だが、中国の景気失速が米国全体に波及する兆候はなく、個人消費に衰えは見られない。堅調な内需は今後も続く可能性が高いだろう。

 個別要素において不安材料はあるものの、総合的に見て米国経済は堅調というのが自然な解釈であり、そうであればこそ、今回利上げが決定された。確かに景気に過熱感はなく、引き締めが行き過ぎれば成長の腰を折ってしまう可能性は否定できない。列挙されているリスク要因を軽視すべきではないが、100点満点であることを大前提とした専門家の指摘は、マイナス要素が強調されすぎる傾向が強いことを理解しておくべきである。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

国際金融当局、AIの監視強化へ

ビジネス

EXCLUSIVE-中国BYDの欧州第3工場、スペ

ビジネス

再送-ロシュとリリーのアルツハイマー病診断用血液検

ワールド

仮想通貨が一時、過去最大の暴落 再来に備えたオプシ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 2
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由とは?
  • 3
    メーガン妃の動画が「無神経」すぎる...ダイアナ妃をめぐる大論争に発展
  • 4
    車道を一人「さまよう男児」、発見した運転手の「勇…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    筋肉が目覚める「6つの動作」とは?...スピードを制…
  • 7
    連立離脱の公明党が高市自民党に感じた「かつてない…
  • 8
    1歳の息子の様子が「何かおかしい...」 母親が動画を…
  • 9
    ウィリアムとキャサリン、結婚前の「最高すぎる関係…
  • 10
    あなたの言葉遣い、「AI語」になっていませんか?...…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな飼い主との「イケイケなダンス」姿に涙と感動の声
  • 3
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以外の「2つの隠れた要因」が代謝を狂わせていた
  • 4
    【クイズ】日本人が唯一「受賞していない」ノーベル…
  • 5
    中国人が便利な「調理済み食品」を嫌うトホホな理由…
  • 6
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 7
    ベゾス妻 vs C・ロナウド婚約者、バチバチ「指輪対決…
  • 8
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 9
    時代に逆行するトランプのエネルギー政策が、アメリ…
  • 10
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    数千円で買った中古PCが「宝箱」だった...起動して分…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story