コラム

米利上げ後の予想で、悲観論が多いのはなぜか

2015年12月22日(火)17時28分

FRBのイエレン議長がついに「想定通り」の利上げを決定したが、インフレ率の低さや原油価格の動向などを気にする専門家が多い(12月16日) Jonathan Ernst-REUTERS


〔ここに注目〕専門家と投資家の観点の違い

 12月16日、米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)が政策金利の引き上げを決定した。米国の金融政策は、リーマンショック対策という非常事態モードから、正常化に向けて大きく舵を切ったことになる。

 利上げの影響についてマスメディアでは様々な観点から議論が行われているが、こうした議論に耳を傾ける際には少々注意が必要である。学術研究者や市場関係者、エコノミストなど、いわゆる専門家と呼ばれる人たちと、そうではない人とでは、利上げに対するスタンスが少々異なっているからだ。

 専門家は、一般的な利上げの背景や意味、それがもたらす影響について既知のものとしており、その上で、より専門的な観点からリスク要因や今後の動向について議論している。つまり、専門家の議論は、ビジネスマンや投資家の議論とは時に乖離する可能性がある。この部分を割り引いて考えないと、正反対の判断をしてしまうことにもなりかねない。

基本的に米国経済は好調である

 FRBは16日、FOMC(連邦公開市場委員会)において、短期金利の指標となるフェデラルファンド金利(FF金利)の目標を0.25%引き上げた。FRBのイエレン議長は、年内の利上げについて過去に何度も言及しており、市場は今回の利上げを完全に織り込んでいたので、決定そのものは想定通りということになる。

 だが、専門家による利上げ後の予想については、悲観的なものが多い。インフレ率の低さや原油価格の動向などを気にする専門家が多く、イエレン議長もこのあたりを考慮し、利上げは実施するものの、緩和的スタンスの継続を明言している。市場でも、円高への揺り戻しや株価の急落を懸念する声が出ている。

 では、本当に米国の利上げはマイナス要素ばかりなのかというと、そういうわけではない。私たちがまず理解しなければならないのは、利上げを実施する基本的な理由である。

 利上げは、米国の経済が好調に推移しており、このままでは景気が過熱するリスクがあるという理由で実施される。つまり米国経済のファンダメンタルズは基本的に良好であることが大前提である。利上げに対する専門家の慎重な見解は、これを踏まえた上でのリスク要因である。

 米国経済の現状は数字を見れば、はっきりと理解することができる。7~9月期の実質GDP(国内総生産)成長率は年率換算で2.1%だった。同じ期における欧州(EU 28カ国)の成長率はプラス1.6%、日本の成長率は1.0%なので、米国の成長が突出しているのは明らかである。

 経済学の世界では、全世界的に低成長トレンドに入っているのではないかという議論が活発になっており、その観点から、今回の利上げのタイミングは微妙であるとする専門家の見解も見られる。だが、これはイノベーションの効果も含めた経済全体の潜在成長力に関する議論であり、米国経済が相対的に高い成長を実現しているという事実とは切り離して考えた方がよい。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル軍、ラファ住民に避難促す 地上攻撃準備か

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、4月も50超え1年ぶり高水準 

ビジネス

独サービスPMI、4月53.2に上昇 受注好調で6

ワールド

ロシア、軍事演習で戦術核兵器の使用練習へ 西側の挑
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story