コラム

トルコは「クーデター幻想」から脱却できるか

2016年07月18日(月)06時51分

 エルドアン氏はこれまでも政治的危機を逆手にとって、政治的攻勢に出ることで、自身の政治基盤を強化してきた。エルドアン氏がテロに対して強硬策をとり、国民の支持を取り付ける手法については「『テロとの戦い』を政治利用するエルドアンの剛腕」として書いた。2013年6月のイスタンブールのゲジ公園開発に絡んでの市民の抗議運動に治安部隊を投入して排除し、それに対して国際的な批判が起こると国内各地で政治集会を開いて、支持を誇示したこともあった。

 今回のクーデター騒ぎでも、自身の支持を強化することで、軍や反対勢力を威嚇しようとする姿勢が見える。今回のクーデター未遂事件に続いて、エルドアン氏が反対勢力に対する大量逮捕を進め、さらに軍のクーデターに対抗した治安部隊や情報機関の強化に動くならば、強権独裁への道が開かれることになるかもしれない。

 今回の事件で、クーデターの速報を受けて、エルドアン氏が休暇の地から携帯電話を通じて、「街頭に出よ」と呼びかけた時、その訴えは国民に向けたものだったのだろうか、または自身の支持者に向けたものだったのだろうか。実は、最初の声明でも既に「ギュレン運動がクーデターを仕組んだ」と非難していた。ということは、自分の支持者に向けて「動け」と訴えたということになる。

 エルドアン氏は、軍のクーデターに抗議した市民は自分を守るために動いた支持者だと理解しているのだろう。民主主義を守るためと考えていたなら、クーデターという軍の政治介入に対しては政治勢力を結集すべきであって、政治的なライバルの排除に動けば、国民の亀裂をさらに広げることになる。エルドアン氏は気づいていないかもしれない。その政治手法、その政治思考が、クーデターを生む土壌をつくっていることを。さらに、今後の事態収拾によっては、トルコを民主主義から遠ざけ、国民を分断し、軍人たちに新たな「クーデター幻想」を与えかねないことを。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

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