コラム

首相退陣目前の「石破談話」は、「河野談話」の二の舞になりかねない

2025年09月17日(水)17時56分
石破茂

石破首相は「戦後80周年メッセージ」に意欲を見せているというが Toru HanaiーPoolーREUTERS

<退陣を表明した石破首相が「戦後80周年メッセージ」に意欲を見せているという。しかし、自ら政策を実行できない立場になる政治家が出す談話について、その影響と責任を考える必要がある>

9月7日、石破茂首相が退任を表明した。石破首相の首相就任は昨年10月1日だったから、約1年でその職を退くことになる。

韓国との関係が悪かった安倍晋三元首相の長年の政敵であり、歴史認識問題で融和的な石破首相は、韓国では評判が高かった。全国戦没者追悼式の式辞では、13年ぶりに「反省」の語を使い、植民地支配批判を封印した李在明(イ・ジェミョン)大統領と「呼応」した形になった。

その石破首相が「戦後80周年メッセージ」を出すことに意欲を見せているという。周知のように首相はかねてから自らの歴史認識を示すメッセージを出すことに意欲を見せていた。しかしその意欲は参議院選挙での大敗に始まる政治的混乱の中でくじかれ、終戦記念日である8月15日と、日本が降伏文書に署名した9月2日の二度の機会を逃した。

石破首相が三度にわたって自らの「戦後メッセージ」を出そうとする背景に、歴史認識問題に関わる矜持と、日本社会の右傾化への懸念を見ることは難しくない。とはいえ、ここで大きな疑問が残る。退任する政治家が、重要な政治的問題にメッセージを出すことの意味である。

退任直前の政治家が歴史認識問題に対して大きなメッセージを出すことには、よく知られた先例がある。1993年8月4日に出された慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話、いわゆる「河野談話」である。

当時は宮沢喜一政権下の自民党が小沢一郎、故羽田孜両氏らによる離党で過半数を失い、続いて行われた衆議院選挙後の多数派工作にも失敗したことで、自民党の下野がほぼ既成事実化した状態にあった。河野談話はこのような状況に置かれた河野洋平氏が、官房長官としての最後の記者会見の場で示したものである。

この時点で河野氏や故宮沢元首相が、談話に沿った政策を実行することが不可能なのは明らかだった。であれば、なぜに河野氏は敢えて談話を出したのか。宮沢政権下での慰安婦問題の解決を目指した河野氏の矜持や、自らを政権から追い落とした小沢氏らへの強い不信感が指摘されている。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECBが金利据え置き、4会合連続 インフレ見通し一

ワールド

ロシア中銀、欧州の銀行も提訴の構え 凍結資産利用を

ビジネス

英中銀、5対4の僅差で0.25%利下げ決定 今後の

ワールド

IS、豪銃乱射事件「誇りの源」と投稿 犯行声明は出
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末路が発覚...プーチンは保護したのにこの仕打ち
  • 2
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開したAI生成のクリスマス広告に批判殺到
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 5
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 6
    ゆっくりと傾いて、崩壊は一瞬...高さ35mの「自由の…
  • 7
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 8
    円安と円高、日本経済に有利なのはどっち?
  • 9
    おこめ券、なぜここまで評判悪い? 「利益誘導」「ム…
  • 10
    欧米諸国とは全く様相が異なる、日本・韓国の男女別…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 10
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story