コラム

人民解放軍を骨抜きにする習近平の軍事制度改革

2015年12月10日(木)17時00分

 なぜ人民解放軍の人員を削減するのか。この演説のなかで習近平は、その理由を、「祖国の安全と人民の平和的生活を守る神聖な責務を忠実に履行し、世界の平和を守る神聖な使命を忠実に実行」するためと述べていた。もちろん、そうした説明を額面通り受け止める人はいないだろう。

 演説のなかで習近平は、中国は国際社会とともに「国連憲章の目的と原則を中心とする国際秩序および国際体系を共に守る」ことを確認した。同時に、習近平は「協力・ウィンウィンを中心とする新型国際関係を前向きに築き、世界の平和と発展の崇高な事業を共に推し進めるべき」と考えていることを明らかにした。

米国との「新型国際関係」とは別の国際秩序も追求

 この発言は多くの懸念を喚起した。「新型国際関係」とはなにか。国連憲章に則った国際秩序、すなわち既存の国際秩序と「新型国際関係」とはどの様な関係になるのか。なによりも、この演説の後におこなわれた軍事パレードで公開された新型の兵器が、事実上、既存の国際秩序の安定のために国際公共財を提供している米国を意識したものばかりであったことは、米中の対立の可能性を想起させた。

 もちろん習近平の中国は、米国との間に「新型大国関係」を構築してゆくことを確認しているように、深刻な対立に陥りかねない問題については米国と対話する姿勢を堅持している。米中は、引き続き協調を模索し、持続させるだろう。しかし中国は、自らの平和と安定、繁栄を持続するため、自らにとって有利な秩序構築のための強制力を強めてゆくことも怠っていない。

 9月の軍事パレードは、そうした習近平の中国の決意を示すものであった。この文脈から、私たちは、人民解放軍の人員削減の狙いを、軍の精鋭化を目的としたものと理解する。

 先月明らかになった軍事制度改革が、そうした強制力の強化の一環でもあることは間違いない。しかし人民解放軍は、中国の国際秩序の形成能力の強化、あるいは対外行動を保障する力であるのと同時に、「政治権力は銃口から生まれる」という意味での対内的な「力(パワー)でもある。

「習近平の軍事制度改革は何を狙っているのか」、という問いに答えるのだとすれば、そうした対内的な「力」、中国共産党、要するに習近平と軍との関係の再構築を目指したものだという視点が重要だ。

 この軍事制度改革には、大きく分けて四つのポイントがある。一つには、軍に対する最高指導権と作戦指揮権を中国共産党の中央軍事委員会に集中させ、陸軍主体の指導体制と指揮体制を見直して軍種別の指導体制を構築し、軍管区制(軍区制)を改めて戦略区制とすることで統合的な作戦指揮体制を造り上げることを目指すことである。

プロフィール

加茂具樹

慶應義塾大学 総合政策学部教授
1972年生まれ。博士(政策・メディア)。専門は現代中国政治、比較政治学。2015年より現職。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員を兼任。國立台湾師範大学政治学研究所訪問研究員、カリフォルニア大学バークレー校東アジア研究所中国研究センター訪問研究員、國立政治大学国際事務学院客員准教授を歴任。著書に『現代中国政治と人民代表大会』(単著、慶應義塾大学出版会)、『党国体制の現在―変容する社会と中国共産党の適応』(編著、慶應義塾大学出版会)、『中国 改革開放への転換: 「一九七八年」を越えて』(編著、慶應義塾大学出版会)、『北京コンセンサス:中国流が世界を動かす?』(共訳、岩波書店)ほか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドル34年ぶり155円台、介入警戒感極まる 日銀の

ビジネス

エアバスに偏らず機材調達、ボーイングとの関係変わら

ビジネス

独IFO業況指数、4月は予想上回り3カ月連続改善 

ワールド

イラン大統領、16年ぶりにスリランカ訪問 「関係強
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 6

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 9

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 10

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story