コラム

サイバー諜報企業の実態 人権活動家やジャーナリストを狙って監視・盗聴

2021年02月08日(月)17時30分

2018年に殺害されたサウジアラビア人記者ジャマル・カショギ氏も、サイバー諜報企業のマルウエアで監視されていた...... REUTERS/Osman Orsal

<サイバー諜報企業のツールは言論を封殺するための利便性の高いツールとなっている。人権活動家、市民団体、ジャーナリストなどはサイバー諜報企業のターゲットになりやすい...... >

世界各国で利用の進むサイバー諜報企業は暗殺の手引きまで行う

前回の記事では世界49カ国がネット世論操作を民間企業に委託していたことをご紹介した。今回は民間のサイバー諜報活動を取り上げたい。

人権活動家、市民団体、ジャーナリストなどはサイバー諜報企業のターゲットになりやすい。メキシコやサウジアラビアのように暗殺の補助にサイバー諜報を使うこともある。サイバー諜報企業は言論を封殺するための利便性の高いツールとなっている。新しい企業が続々と誕生し、市場も拡大の一途だ。Forbesの推定によればサイバー諜報産業の市場は120億ドル(約1兆2千億円)に達している。

サイバー諜報というとアメリカのPRISMやXKEYSCORE、スティングレーなどを連想する方がいるかもしれない(「アメリカの顔認証システムによる市民監視体制は、もはや一線を超えた」)。最近の日本の小説にもXKEYSCOREやスティングレーは登場している。XKEYSCOREは無差別大量傍受には向いているが、当然ながら莫大なコストと手間がかかる。スティングレーは多くの警察に導入されており、ターゲットがある程度特定できている時には役立つが利便性がよくない。民間企業はとっくの昔にもっと手軽で効果的な方法を開発し、世界各国に提供していた。相手が世界のどこにいても電話番号さえわかれば相手の位置、通話の盗聴、SMS盗聴まで行えるシステムが稼働している。

サイバー諜報企業の主たるツールはマルウェア、スパイウェアだった。これらを政府機関および法執行機関向けが使用するとガバメントウェア、リーガル・マルウェアあるいはポリスウェアと呼ばれるようになる。もちろん、その機能は一般のサイバー犯罪で用いられるものと同じで主体が政府関係機関に変わるだけである。

数年前からマルウエア以外のツールを用いる企業が増加した。特に注目されているのは電話盗聴システムCirclesを提供しているQ Cyber Technologiesだ。電話番号さえわかれば、ハッキングすることもなく相手の位置を特定し、通話の盗聴、SMS盗聴することまでできる。相手のスマホそのものにはなにもしないので、気づかれる可能性はきわめて低い。これは2Gや3Gの頃の規格Signaling System 7(SS7)の脆弱性を悪用したもので、4Gや5Gでも旧世代との相互接続性を維持しようとすると逃れることができない。回避方法はないわけではないが、対応できていない。

イギリスではSMSの2要素認証を破って銀行口座から資金が盗まれる事件が発生した(犯人はCirclesを利用したわけではないが、同じ脆弱性を利用した)。SMSを簡単に盗めるのだからSMSを使った2要素認証は簡単に破れる。

トロント大学のCitizenLabのレポートによるとCirclesは少なくとも25カ国で利用されている。その用途はさまざまだが、人権活動家や市民団体、ジャーナリストはターゲットも重要なターゲットになっている。

ichida0208bb.jpg

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ネット世論操作とデジタル影響工作』(共著、原書房)など著作多数。X(旧ツイッター)。明治大学サイバーセキュリティ研究所客員研究員。新領域安全保障研究所。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日米首脳「USスチールは買収でなく投資」、米産LN

ワールド

アングル:16歳未満のSNS禁止する豪、ユーチュー

ワールド

北朝鮮、核兵器は「交渉材料ではない」=KCNA

ビジネス

米国株式市場=下落、貿易戦争巡る懸念で 精彩欠く雇
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国経済ピークアウト
特集:中国経済ピークアウト
2025年2月11日号(2/ 4発売)

AIやEVは輝き、バブル崩壊と需要減が影を落とす。中国「14億経済」の現在地と未来図を読む

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    Netflixが真面目に宣伝さえすれば...世界一の名作ドラマは是枝監督『阿修羅のごとく』で間違いない
  • 3
    「嫌な奴」イーロン・マスクがイギリスを救ったかも
  • 4
    研究者も驚いた「親のえこひいき」最新研究 兄弟姉…
  • 5
    戦場に響き渡る叫び声...「尋問映像」で話題の北朝鮮…
  • 6
    賃貸住宅の「床」に注意? 怖すぎる「痕跡」を発見し…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    睡眠中に体内は大掃除されている...「寝ているあいだ…
  • 9
    なぜ「ファスティング」は「筋トレ」と同じなのか? …
  • 10
    ドイツ経済「景気低迷」は深刻......統一後で初の3年…
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」を予防するだけじゃない!?「リンゴ酢」のすごい健康効果
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 5
    「体が1日中だるい...」原因は食事にあり? エネルギ…
  • 6
    教職不人気で加速する「教員の学力低下」の深刻度
  • 7
    戦場に響き渡る叫び声...「尋問映像」で話題の北朝鮮…
  • 8
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 9
    Netflixが真面目に宣伝さえすれば...世界一の名作ド…
  • 10
    マイクロプラスチックが「脳の血流」を長期間にわた…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 5
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 6
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story