コラム

「開発独裁が効率的」「脱炭素も進む」...中東の「民主国」クウェートで何が起こっているのか

2024年07月17日(水)18時40分

加えて、クウェートはオマーンとカタル(カタール)から合計500メガワット分、6月1日から8月31日というもっとも暑い時期限定で購入する短期間の電力融通契約を結んでいる。

筆者がクウェートに住んでいた1980年代末から1990年代はじめのころとは少しは事情が違うかもしれないが、そもそもクウェートの電力消費には非常識なところがある。

たとえば、夏に海外旅行などで長期に家を空けるときでも、家具などが傷まないよう、冷房をつけっぱなしにするのは当たり前であった(筆者も、住んでいたアパートの家賃には光熱費が含まれていたため、出張などで1週間程度留守にするぐらいであれば、当然冷房はつけっぱなしであった)。

伝統的に民主的で、議会がことごとく政府に反対してきた

クウェートの停電をめぐる状況は、同時に政治問題でもある。意外と知られていないが、クウェートは、大半が独裁体制の中東にあって伝統的に民主的な国として知られている。もちろん、西側的な意味での民主主義には程遠いが、それでも、選挙によって選ばれた立法府である国民議会が、世襲の首長家メンバー率いる行政府や国家元首の権力を抑制する役割を果たしてきた。

しかし、逆にそれが仇となって、政府の打ち出すさまざまな政策がことごとく議会の反対にあい、実現されないという事態がつづいたのである。エネルギー問題も同様で、電力不足はずっと前からの重要な課題であったにもかかわらず、適切な政策がとられてこなかったのは否定できないであろう。

政府と議会の対立が深刻化し、二進も三進もいかなくなるたびに、首長が首相の首をすげかえたり、議会を解散させたりするなどして事態打開を図ったが、まったく奏功せず、ただただ同じことを繰り返すだけであった。

ちなみに、2020年から2024年4月までのあいだに国民議会選挙は4回(補選を含めると5回)を数え、4年間の任期をまっとうできた議会は一つもなかった。また、2020年末に第37次内閣が成立して以降、2024年1月には第44次内閣が成立している。この間、首長家メンバーであるサバーフ・ハーリド、アフマド・ナウワーフ、ムハンマド・サバーフがあいついで首相に任命された。

選挙で批判勢力が勝つと、今度は議会を「4年間閉鎖」

クウェートでは昨年末、国家元首であるナウワーフ首長が亡くなり、ミシュアル皇太子が首長位を襲った。

新首長誕生でも政府と議会の対立による政治の停滞は収まらず、ミシュアル首長は今年2月に国民議会を解散、4月に選挙が行われた。しかし、案の定、政府批判勢力が選挙で過半数を占めてしまったため、事態はまったく好転せず、5月、ふたたび国民議会を解散しなければならなくなったのである。

ただし、ミシュアル首長は今回、さらなる強硬手段に出た。つまり、単に議会を解散しただけでなく、議会を閉鎖してしまったのだ。4年を超えない範囲で、憲法の立法権に関わる51条、組閣に関する56条、勅令の発布に関する71条、立法府に関する79条、国民議会解散に関する107条、憲法・法律の改正に関する174条、憲法停止に関する181条を停止したのである。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究顧問。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授、日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長等を経て、現職。早稲田大学客員上級研究員を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

BMW、第2四半期販売は小幅増 中国不振を欧州がカ

ワールド

ロシアに関する重要声明、14日に発表とトランプ米大

ワールド

ルビオ長官、11日にマレーシアで中国外相と会談へ 

ワールド

UAE、産油能力を一段と拡大する可能性も=エネルギ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に...「曾祖母エリザベス女王の生き写し」
  • 4
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...AP…
  • 5
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 6
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 7
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 8
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    ハメネイの側近がトランプ「暗殺」の脅迫?「別荘で…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story