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アングル:ムーディーズ格下げで一層募る米財政不安、債券「自警団」出動も

2025年05月19日(月)13時24分

ムーディーズによる米国のソブリン格付け引き下げは、連邦債務上限という「時限爆弾」が迫る中で投資家の不安を一層募らせ、債券市場の「自警団」が米政府により厳格な財政規律を求める行動を起こす契機になるかもしれない。4月4日、ワシントンで撮影(2025年 ロイター/Leah Millis)

Davide Barbuscia

[ニューヨーク 18日 ロイター] - ムーディーズによる米国のソブリン格付け引き下げは、連邦債務上限という「時限爆弾」が迫る中で投資家の不安を一層募らせ、債券市場の「自警団」が米政府により厳格な財政規律を求める行動を起こす契機になるかもしれない。

主要格付け機関としての米格付けの最上級からの引き下げはムーディーズが最後で、スタンダード・アンド・プアーズ(S&P)は2011年に、フィッチは23年にそれぞれ格下げに踏み切っている。

折しも米議会の上下両院で多数派を占める与党共和党は、2017年の第1次トランプ政権下で導入された「トランプ減税」の延長や各種歳出措置を盛り込んだ包括的な法案の可決を目指しており、成立すれば連邦債務はさらに数兆ドル(数百兆円)膨らむ恐れがある。トランプ大統領が打ち出した関税の行方については楽観的な見方も出ているが、この「大きく美しい一つの法案」に投資家は神経をとがらせている。16日に下院予算委員会が行った同法案の採決では、一部共和党議員の造反によって否決された。

BMPプライベート・ウエルスのチーフ市場ストラテジスト、キャロル・シュリーフ氏は「債券市場は今年になってからワシントンで起きている事象には特に厳しい目を向け続けている」と語り、ムーディーズの格下げで投資家の警戒度はもっと高まると予想する。

シュリーフ氏は、政府にお灸を据える目的で借り入れコストに途方もないプレミアムを要求する「自警団」と呼ばれる債券投資家たちは、大きく美しい一つの法案を巡る議会審議について財政運営の責任という面で不快感を持っており、今後も峻厳(しゅんげん)な姿勢を保つだろうとの見通しを示した。

トロウ・キャピタル・マネジメント創業者のスペンサー・ハキミアン氏も、ムーディーズの格下げで「最終的に米国では官民双方のセクターで借り入れコストが増大する」と警告した。

TDセキュリティーズの米金利戦略を統括するジェナディ・ゴールドバーグ氏によると、最上位格付け証券のみに投資できる大半のファンドはS&Pの米格下げ後に投資指針を改定したので、今回の動きで米国債売りを強いられる公算は乏しい。しかし米議会で現在協議中の法案と財政政策に関して市場は改めて強い関心を向けそうだという。

<タームプレミアムが上昇>

ブラウン・ブラザーズ・ハリマンのチーフ投資ストラテジスト、スコット・クレモンス氏は、財政の諸原則が犠牲にされつつある現状に対して今後議会でどの程度揺り戻しが出てくるかというのが一つの疑問だと述べた。大盤振る舞いの歳出を盛り込んだ法案は、長期国債のエクスポージャー拡大意欲を低下させかねない、というのが同氏の見解だ。

中立的で非営利のシンクタンク「責任ある連邦予算委員会(CRFB)」は、現在の減税措置が延長された場合、連邦債務は2034年までに約3兆3000億ドル増加してもおかしくないと試算している。

ムーディーズは16日、歴代政権は財政赤字と利払い費用増加の流れを逆転させるのを怠り、足元で検討中の財政面の提案が赤字を大幅に減らす結果をもたらすとは思われないと指摘した。

債券市場の値動きからも懸念が浮かび上がってきた。リーガル・アンド・ゼネラル・インベストメント・マネジメント・アメリカの債券戦略責任者を務めるアンソニー・ウッドサイド氏は、投資家が長期債保有リスクの対価として要求する「タームプレミアム」が、直近の米10年国債で上昇しており、これは市場の根底に米財政を巡る不安が存在する証拠だと説明した。

ベセント財務長官はこれまで、トランプ政権は10年国債利回りの抑制に注力していると発言してきた。

足元の利回りは4.44%とトランプ氏の2期目就任前をおよそ17ベーシスポイント(bp)下回っている。ただナティクシス・インベストメント・マネジャーズ・ソリューションズのポートフォリオストラテジスト、ギャレット・メルソン氏は「既にかなり大きな財政赤字を抱えている局面では、さらなる相当な赤字拡大に利回りが反応する可能性があるのは確かだ」と話した。

ホワイトハウスのフィールズ副報道官は「専門家連中は、トランプ氏の関税がもたらす影響についてもそうだったように間違っている。関税は数兆ドルの投資を呼び込んで記録的な雇用の伸びにつながり、インフレは存在しない」と反論する。

スティーブン・チャン広報部長に至っては、16日のソーシャルメディアへの投稿でムーディーズ・アナリティクスのチーフエコノミスト、マーク・ザンディ氏を名指しし、彼はトランプ氏の政敵だと言い放った。

ムーディーズ・アナリティクスは格付け部門とは別組織。ザンディ氏はコメントを拒否した。

<持続不能の道筋>

さまざまな「期限」が近づいているため、事態は切迫している。共和党下院トップのジョンソン下院議長は、大きく美しい1つの法案を26日のメモリアルデーより前に本会議で可決させることを目指している。一方ベセント氏は議会に対して、7月半ばまでに連邦債務上限引き上げに合意するよう訴えてきた。

ベセント氏は、議会が何らかの手を打たなければ、8月までに政府の手元資金が枯渇し、支払いを履行できなくなる可能性があるとしている。

投資家も心配し始めており、8月に満期を迎える財務省短期証券(Tビル)の利回りは、その前後が満期のTビルよりも高い。

共和党内ではトランプ減税延長については合意できているものの、その穴埋めとなる歳出削減の具体的方法でなお意見がまとまっていない。

グッゲンハイム・パートナーズ・インベストメント・マネジメントのアン・ウォルシュ最高投資責任者は、政治の世界で歳出レベルを大幅に見直す取り組みに本格的な進展がない限り、米財政の道筋において意義のある改善は見込めそうにないと述べ、現在たどっている道筋は持続不能だと強調した。

ロイター
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