コラム

男たちが立ち上がる『ゴジラ-1.0』のご都合主義

2023年11月30日(木)11時09分

従って、この映画でのゴジラとの戦いから受ける印象は、作中でしつこいぐらい強調されている戦後日本の新たな希望の勝利ではない。むしろ戦前の日本に対する未練を引きずった男たちの敗者復活戦なのだ。対ゴジラ作戦に関わるのは、見事に男性しかいない。数少ない女性登場人物であるヒロインは、フェミニズム批評でいう典型的な「冷蔵庫の女」である。

「冷蔵庫の女」とはアメリカのあるヒーロー物のコミックスで、主人公の恋人が殺され遺体を冷蔵庫に詰められたことに由来し、男性キャラの成長のためだけに唐突に殺される女性キャラクターのことをいう。この映画のヒロインもまた、消沈している主人公にゴジラを倒す動機をあたえるために死ぬ(ラストシーンで生存が発覚するのだが)。このように、この作品は常に男性視点で進んでいくのだ。


主人公を含む男たちがゴジラと戦うのは、日本や家族を守りたいからだけではないだろう。日本は連合軍に徹底的に打ちのめされ、国土を焦土にされた。これは男性的な価値観にとっては極めて屈辱的であり、「日本男児」は去勢されたにも等しい。しかしここでゴジラと戦い勝利する体験が得られれば、男たちは再び「立ち上がる」ことができるのだ。この映画の冒頭が、ある南洋の島から始まるにも関わらず、かの戦争は日本の侵略戦争だったという観点がまるでなく、敗戦という悲劇しか描いていないことも影響している。

『ゴジラ-1.0』は日本人のナショナリズムを高揚させる。そのナショナリズムは、確かに表向きは、先述の通り個人の礼賛という「政治的正しさ」に準じたものとなっている。しかしこの戦いが男たちの敗者復活戦であることは、古いナショナリズムもまた喚起する。

映画のクライマックスで、主人公たちの危機に、おびただしい数の民間船が救援に表れるというシーンがある。このシーンは明らかにクリストファー・ノーラン監督『ダンケルク』のオマージュであり、観客の気分を盛り上げる。だが、ダンケルクの戦いで連合軍兵士を救援するために多数の民間船が向かったのは、(いかにそれがナチス・ドイツに対する抵抗であったとしても)命の危険を冒して「国家」のための戦争に貢献するためだったことは忘れてはならない。

国家と民間、生命の軽視と尊重、無責任と覚悟、これらの二項対立は、簡単に切り分けることができない。筆者は、『ゴジラ-1.0』が高揚させる「政治的に正しい」ナショナリズムの背後に、「ニッポンを、取り戻す。」という、あのスローガンが見え隠れしてならないのだ。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ザポロジエ原発、電力供給が回復 ロシアの攻撃で一時

ワールド

独首相がトランプ氏と電話会談、ウクライナ向けパトリ

ワールド

ローマ東部でガソリンスタンド爆発、警察官・消防士ら

ビジネス

リスクを負って待つより、今すぐ利下げすべき=テイラ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸せ映像に「それどころじゃない光景」が映り込んでしまう
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 6
    「登頂しない登山」の3つの魅力──この夏、静かな山道…
  • 7
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    1000万人以上が医療保険を失う...トランプの「大きく…
  • 10
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 8
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 9
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story