コラム

ミサイルが飛んできても「反撃しない」ことこそが日本の抑止力だ

2022年12月16日(金)18時16分

そうはいっても、実際に「近隣諸国」の「脅威」がある以上、こうした「抑止力」を保持しなくては敵の前に無防備で身を晒すだけではないか、と考える人もいるだろう。有事の際は、日本は敵の初撃を必ず受けるしかないのか。犠牲は防げないのか、と。

ある意味ではその通りなのだ。もちろんこれまでの政府の憲法解釈でも、専守防衛の範囲内で防げる初撃は、自衛隊は防ぐことができる。しかし敵基地からミサイルが日本の都市に発射されることが確実に分かったとしても(現実的にはそもそもこれがレアケースでしかないだろうが)それには手を出さず、甘んじてそれを引き受けるべし、というのが、これまでの日本国家の政策であった。

なぜか。一方ではそれが、憲法がうたっている「殺すな!」の倫理に即しているからだろう。しかし他方ではそれが次に示すように、日本が他国からの侵攻を跳ね返す最も現実的な態度であるからでもある。

他国への攻撃を行わないことで得られる外交戦略的価値

社会契約論の提唱者として教科書にも載っているホッブズは、「万人の万人に対する闘争」を終わらせるのが国家だと説いた。しかし彼は一方で国際社会には国家対国家の対立を終わらせる上位機関はないので、国家間闘争が続くとも考えていた。

ただし国際社会に働く力は国家の力だけではない。たとえば国際政治学者のハンス・モーゲンソーは、国家対国家のパワーゲームを抑止する力として、国家間を横断する「世界世論」や「国際道徳」を重視した。

現在のウクライナ対ロシアでは、世界世論の多数がウクライナを支持している。それはこの戦争が、ロシアによるウクライナへの一方的な侵略が明白だからだ。仮にこの戦争の端緒が、ウクライナによる予防的な先制攻撃だったり、ウクライナが公然と国境を越えてロシアに反撃したりするようなことがあった場合、世界世論の支持は今ほど強くなかっただろう。

欧米諸国のウクライナに対する兵器や物資の支援も今より少なかっただろうし、エネルギー問題などを背景にロシアの侵略を容認する国ももっと出てきていたかもしれない。

日本はウクライナ以上に、単独で戦争を継続する能力がない国だ。だとするならば、世界世論の支持を受けることが外交戦略上最もプライオリティが高い選択となる。従って、たとえ初撃を受けてでも、こちらから攻撃することはしないという道徳的な態度を取り続けることが、長い目で見れば被害を最小限にする現実的な選択といえよう。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米財務長官、中国にロシア・イラン原油購入削減求める

ビジネス

再送米国株式市場=反落、ダウ784ドル安 中東緊迫

ワールド

原油先物が大幅高、中東緊迫化で米WTI8%超上昇

ワールド

EXCLUSIVE-トランプ氏、ガソリン価格上昇を
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで続くのか
  • 2
    「え、履いてない?」モルディブ行きの飛行機で撮影された、パイロットの「まさかの姿」にSNS爆笑
  • 3
    「ハリポタ俳優で終わりたくない」...ハリー・メリングが新作『ピリオン』で見せた「別人級」の変身
  • 4
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 5
    「イランはどこ?」2000人のアメリカ人が指差した場…
  • 6
    対イラン攻撃に巻き込まれ、湾岸諸国が存立危機
  • 7
    「巨大な水柱に飲み込まれる...」米海軍がインド洋で…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「旅客数が多い空港」ランキン…
  • 9
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズ…
  • 10
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だっ…
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 7
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 8
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 9
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story