コラム

ミサイルが飛んできても「反撃しない」ことこそが日本の抑止力だ

2022年12月16日(金)18時16分

「日本を守るために防衛力を強化する」と力説した岸田文雄首相(12月16日、首相官邸) David Mareuil/REUTERS

<日本はウクライナ以上に単独で戦争を遂行する力がない国だ。反撃という名の予防攻撃や越境攻撃をしてしまえば、ウクライナのような世界世論の支持さえ得られなくなる>

既に防衛予算の大幅増を決めている自民党と公明党は12月2日、日本の領域の外にある他国の基地などを自衛目的で攻撃することを可能にする「敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有」について合意した。この決定は、専守防衛に徹するこれまでの安全保障政策を大きく転換するものであり、日本国憲法を反故にして、日本が積極的に戦争を行う国家となる道を開くことになるかもしれない。

「反撃能力」とは先制攻撃能力のこと

「反撃能力」という言葉を聞くと、日本が攻撃されたのちに反撃する対象に他国の基地も含めるかどうかという問題だと思ってしまう。しかし実際はそうではない。「反撃能力の保有」とは、相手国が「攻撃に着手」した段階で、他国の基地や司令部中枢を攻撃する能力を保持しようとするものだ。

さらに「攻撃に着手」とはいかなる事態を指すのかは具体的に定義されていないため、極端な場合、たとえば他国が軍事演習を行うために部隊を移動させたり、艦船が日本領海に接近したりすることを「攻撃に着手」とみなして軍事的に攻撃することもできてしまう。「反撃能力の保持」とは事実上、日本が先制攻撃を行うこと、つまり戦争を仕掛けることを可能にするのだ。

「反撃能力の保持」は明白な憲法違反

日本国憲法は「国際紛争を解決する手段として」の戦争を否定し、そのための「戦力」保持を禁止している。しかし日本が攻められた場合の自衛能力は憲法によって否定されていないとして、「国際紛争を解決する手段として」ではなく自衛のための最小限の手段として、自衛隊および様々な兵器を保持してきた。

自衛隊の保持については、これまで様々な憲法解釈が学問的に積み上げられてきており、違憲論もあれば合憲論、あるいは違憲合法論(違憲だが合法というもの)もある。自衛隊が憲法違反かどうかは別として、自衛隊が憲法上、正統性が曖昧な組織であることは、国内において軍拡的・好戦的な議論を抑制するために一役買ってきたといえる。

しかし、まだ攻撃を受けていない段階での先制攻撃を可能にする「反撃能力の保持」は、「国際紛争を解決する手段として」「武力による威嚇又は武力の行使」を行うというはっきりとした表明だ。それは「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保持しようと決意した」という憲法前文の国際観に明らかに反している。これはどのような憲法解釈によっても正当化することはできない。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英財務相、予算案に関する情報漏えい「許されず」

ワールド

中国外務省、英国議会からの情報収集「興味なし」

ワールド

水産物輸入停止報道、官房長官「中国政府から連絡を受

ビジネス

韓国独禁当局、アームのソウル事務所を調査=関係筋
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 10
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story