コラム

ミサイルが飛んできても「反撃しない」ことこそが日本の抑止力だ

2022年12月16日(金)18時16分

9条の価値は、侵略を受けたときの道徳的優位性の問題に関わっているが、「反撃能力の保持」はその貴重な価値をみすみす棄損させてしまう。それだけではなく、周辺国に対して日本に対する疑心暗鬼を生み、軍拡を行わせる口実をつくってしまう。

日本がこちらから侵略をすることはないので杞憂だ、という声もあるだろう。しかし本当にそう言えるだろうか。国家と国民はしばしば暴走する。たとえただの軍事演習であっても、それが自国への「脅威」とみなされれば、そこにミサイルを撃ち込んでしまえという強硬な世論が生まれ、政治家もそれに引きずられていく。

民主主義国家であっても例外ではない。第二次大戦以降も、イラク戦争などを引き起こしたアメリカを筆頭に、多くの国家が予防戦争を行ってきた。軍事セクターの世論工作もある。つい先日も、防衛省がインフルエンサーを利用した世論工作を計画していることが明らかになった。特定国への敵対心を煽り、反戦・厭戦への機運を払しょくするというものだ。また日本には「自衛」の名のもとにアジア太平洋に惨禍をもたらすことになる侵略戦争を開始した「前科」がある。

一旦手にした先制攻撃能力を使わずに自制するには、世の中が相当に成熟している必要があるが、それは現状に即していない。憲法が「反撃能力」を禁じているのは、敢えて自分から攻撃を仕掛ける能力を封じることで、「脅威」に対して理性的に対応することを国家に強いるためでもある。

武力に寄らずに戦争を未然に防ぐための努力

今の国際情勢の中で日本が積極的にすべきなのは、武力による「抑止力」を獲得するよりも、国境を越えて形成される「世界世論」や「国際道徳」を獲得することによる「抑止力」を強めることだろう。世界世論を味方につけたウクライナは、ロシアに全く割に合わない戦争を行わせているのだ。

しかし日本ではウクライナ戦争以降、こうした概念についての議論がむしろ後景化してしまったようにみえる。だが、今こそそれを再評価していくことが急務だ。

逆に、みすみす他国に軍拡を行う口実を与える先制攻撃能力を獲得しようとする日本の軍拡は、「脅威」を減らすどころか、戦争の危機をかえって高めることになるだろう。

プロフィール

藤崎剛人

(ふじさき・まさと) 批評家、非常勤講師
1982年生まれ。東京大学総合文化研究科単位取得退学。専門は思想史。特にカール・シュミットの公法思想を研究。『ユリイカ』、『現代思想』などにも寄稿。訳書にラインハルト・メーリング『カール・シュミット入門 ―― 思想・状況・人物像』(書肆心水、2022年)など。
X ID:@hokusyu1982

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECB理事会後のラガルド総裁発言要旨

ワールド

エヌビディア、対中半導体輸出規則に懸念 需要減退の

ビジネス

米12月求人件数、38.6万件減の654.2万件 

ビジネス

米新規失業保険申請件数は2.2万件増の23.1万件
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新世論調査が示すトランプ政権への評価とは
  • 2
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 3
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近したイラン製ドローンを撃墜
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    「右足全体が食われた」...突如ビーチに現れたサメが…
  • 6
    ユキヒョウと自撮りの女性、顔をかまれ激しく襲われ…
  • 7
    「反トランプの顔ぶれ」にMAGAが怒り心頭...グリーン…
  • 8
    関税を振り回すトランプのオウンゴール...インドとEU…
  • 9
    習近平の軍幹部めった斬りがもたらすこと
  • 10
    日本経済低迷の主因である「空洞化」をなぜ総選挙で…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染…
  • 5
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 8
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    日本はすでに世界有数の移民受け入れ国...実は開放的…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 5
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story