コラム

タクシン派「血の抗議」の解けない謎

2010年03月18日(木)15時52分

 

鮮烈 タクシン派は与党・民主党本部前にも大量の血液を撒いた(16日、バンコク)
Sukree Sukplang-Reuters
 


 タイの首都バンコクで16日、赤いTシャツを着たタクシン・シナワット元首相派のデモ隊は予告していた通り、支持者から採取した大量の血を首相府の前に撒き散らした。翌17日にもデモ隊は、アピシット・ウェチャチワ首相の私邸の前にさらに大量の血液を撒いた。

 タイの赤十字社はこの戦術について、血液がもったいないだけでなく、同国ではエイズの発症率がかなり高いことから危険でもあると指摘。それでもタクシン派の主張に世界の注目を集めたという点では成功といえるだろう。

 ただ問題は、ほとんどの人々(数多くのタイ人も含む)は、血を撒くことにいったいどんな意味があるのかまったく理解できずにいることだ。

 英ガーディアン紙のジョン・ヘンリー記者は以下のように考察している。


現代の政治的抗議運動の中で血を撒く例は非常に少ないように思えるが、タクシン派のデモ隊のリーダーたちにとっては、これこそが「現代の政治的抗議運動」なのだ。なぜ血を撒くのか、本人たちも完全には分かっていないとしても。

リーダーの1人は、血液はタクシン派の「民主化を求める強い気持ち」の表れであり、「重要な呪いの儀式」でもあると述べた。もしアピシット首相が退陣を拒めば「手は血に染まっていなくても、足は私たちの呪いによって血まみれになるだろう」と彼は言った。

別のリーダーは「私たちの国に対する愛情や誠実さを示すための、自らを犠牲にした捧げ物」だと述べた。また別の幹部はAFPにこう語った。「私たち人民の血こそが力(の源)であることを象徴的な方法で表現したものだ」

タイの文化や信仰の専門家も面食らっているようだ。タイ人の小説家S・P・ソムトウは自身のブログで「タイの一流の占星術師や呪術師」が集まった討論会のテレビ中継について触れた。参加者たちは多くのタクシン支持者が「迷信深いタイ北部」の出身であると指摘したものの、血を撒く儀式の効能(もしくは意味)についてまともな結論に達することはできなかったという。

ソムトウによれば討論会では「タクシンの返り咲きを狙うカンボジアの陰謀」といった仮説が出されたほか、「勝利を手にするための単なる類感呪術(人形を使った呪いなどと同類のもの)であり、同じ環境に置かれれば誰でもやりそうな行為」だとの占星術師の見方も出された。16世紀のタイの国王が「敗者の血で足を洗うために」(敵国だった)カンボジア王を捕らえ、その首をはねるよう軍に命じたという伝説に基づいているのではとの歴史的な仮説もあったという。


 だが私個人の見方では、連中は単に(最近のテレビや映画における)吸血鬼ブームに乗ろうとしただけじゃないかと思う。

──ジョシュア・キーティング
[米国東部時間2010年03月17日(水)10時58分更新]

Reprinted with permission from FP Passport, 18/3/2010. ©2010 by Washingtonpost.Newsweek Interactive, LLC.

プロフィール

ForeignPolicy.com

国際政治学者サミュエル・ハンチントンらによって1970年に創刊された『フォーリン・ポリシー』は、国際政治、経済、思想を扱うアメリカの外交専門誌。発行元は、ワシントン・ポスト・ニューズウィーク・インタラクティブ傘下のスレート・グループ。『PASSPORT:外交エディター24時』は、ワシントンの編集部が手がける同誌オンライン版のオリジナル・ブログ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダックほぼ変わらず、トラ

ワールド

トランプ氏、ニューズ・コープやWSJ記者らを提訴 

ビジネス

IMF、世界経済見通し下振れリスク優勢 貿易摩擦が

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで軟調、円は参院選が重し
MAGAZINE
特集:AIの6原則
特集:AIの6原則
2025年7月22日号(7/15発売)

加速度的に普及する人工知能に見えた「限界」。仕事・学習で最適化する6つのルールとは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは「ゆったり系」がトレンドに
  • 3
    「想像を絶する」現場から救出された164匹のシュナウザーたち
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 6
    「二次制裁」措置により「ロシアと取引継続なら大打…
  • 7
    「どの面下げて...?」ディズニーランドで遊ぶバンス…
  • 8
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 9
    「異常な出生率...」先進国なのになぜ? イスラエル…
  • 10
    アフリカ出身のフランス人歌手「アヤ・ナカムラ」が…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 3
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 4
    日本より危険な中国の不動産バブル崩壊...目先の成長…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    アメリカで「地熱発電革命」が起きている...来年夏に…
  • 8
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 9
    ネグレクトされ再び施設へ戻された14歳のチワワ、最…
  • 10
    「二度とやるな!」イタリア旅行中の米女性の「パス…
  • 1
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が話題に
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 9
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 10
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story