コラム

サウディ・イラン対立の深刻度

2016年01月06日(水)21時38分

 1988年にサウディがイランと断交したのも、サウディを訪問したイラン人巡礼団がサウディ警察と衝突し、そのあおりでテヘランのサウディ大使館が襲撃されたことが原因だが、このときはサウディ人ひとりが巻き込まれて死亡するという事件にまでなった。その後両国は91年に国交回復したが、それは湾岸戦争でイラクが世界共通の敵になったからだ。今回の断交を解くには、湾岸戦争並みの大事件がどこかで起こらなければならないのだろうか。

 そもそも、サウディとイランの対立の根幹には、「王政」対「抑圧された者たちによる革命主義」がある。怖いのはシーア派ではない。抑圧されたシーア派が「抑圧されたものは立ち上がって抑圧者を倒していいんだ」というお墨付きを得て、立ち上がってしまうことだ。最初にお墨付きを与えたのは、イラン革命だ。それが、「持てる者=王政」のサウディの危機意識を煽った。次にお墨付きを与えたのが、「アラブの春」である。サウディ王政の目には、両方がごっちゃになって、シーア派=イラン=サウディの安定を脅かすもの、と映っている。

 今、サウディは、対イラン包囲網形成のために、同盟国に対イラン外交関係のサウディ同調を求めている。バハレーン(サウディ以上に「シーア派=イラン」脅威論にとらわれている)とスーダンがイランと断交した。UAEやクウェートも外交関係をグレードダウンし、エジプトはサウディの決断に「理解」を示した。同じ日に、サウディがエジプトに新たな借款の提供を約束しているのが、なんとも露骨だ。

 昨年12月に、サウディは「テロリズムと戦うイスラーム同盟」を立ち上げた。イラク、シリア、リビア、エジプト、アフガニスタンでの反テロ戦争を遂行するため、としているが、ISだけではない、「すべてのテロ組織」が対象であるという。

 その最初の敵がイランだとしたら、深刻の度を越している。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。

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