コラム

9.11からスリランカテロまで──ムスリムエリートのゆがんだ使命感

2019年05月11日(土)11時40分

スリランカ同時多発テロの実行犯ら The Amaq-Site Intel Group-Handout-Reuters TV-REUTERS

<スリランカ同時爆破テロ犯の素顔は貿易商や元留学生だった......植民地化で富と知識を得たエリートが解放を叫ぶ心理>

スリランカで4月21日に起きた同時爆破テロは犠牲者253人という大惨事となった。その後、テロの首謀者や実行犯の意外な人物像もまた、世界に衝撃を与えた。

テロ実行犯9人は、そのほとんどが富裕層で、中にはイギリスやオーストラリアへの留学経験者もいた。容疑者の1人、ユスフ・ムハンマド・イブラヒムはスリランカの有力な香辛料貿易商。インド洋からアラビア世界を経てヨーロッパ各国へ運ばれるスパイスの輸出入で財を成した。その息子たちも実行犯となり、コロンボの高級ホテルで自爆。日本人を含む大勢の市民が巻き込まれた。

香辛料はスリランカの歴史を語る上で欠かせない、重要なシンボルだ。セイロンと呼ばれていた平穏な島に西洋列強が現れたのは16世紀初頭。ポルトガルとオランダ、イギリスはこの美しい島を植民地に改造。洋の東西の要に位置する島から産出する香辛料を略奪して潤い、現地の人々を搾取した。

西洋に流入した富が近代資本主義の発達を支えた、と奪われた側の南アジアの人々は認識している。ムスリムは人口でこそ少数派だが、アラブ商人の子孫としてのアイデンティティーを有し、同国の経済界を牛耳ってきた。イブラヒムもそのような歴史を背負った1人だろう。

貧困層生まれという俗説

テロリストは日常的にこわもての顔をしているわけではない。現にイブラヒムは紳士的で、慈善活動に熱心だったという。ムスリムにとって喜捨は5つの義務の1つで、貧者や負債者、困窮者に財産の一部を自発的に施さなければならない。イブラヒムは率先して喜捨を実行していた、と現地のムスリムは証言している。彼の息子たちも孤児に食べ物を分け与えていた姿がよく目撃されていた。

これは「テロリストは貧困層から現れる」、つまり貧困や失業、差別で絶望に追い込まれた若者が過激派に加わるという俗説を裏切る現実だ。そのような青年もいなくはないが、テロリストの多くは近代の植民地支配の現実に目覚めたエリートであるという冷徹な事実を認めなければならない。

そうした知識人は一見、植民地支配の恩恵にあずかっているかのように見える。だが彼らはエリートとして、西洋列強からのムスリム全体(「イスラムの家」)の解放という使命感も強烈に抱いている。その自負心が彼らをテロに駆り立てるのだ。

国際テロ組織アルカイダの最高指導者だったウサマ・ビンラディンは、サウジアラビアの実業家だった。79年のソ連によるアフガニスタン侵攻の際、ロシア人の侵略から「ムスリムの同胞を解放」しようと大勢の「聖戦士」が駆け付けた。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

トランプ氏、10─12カ国に関税率通知開始と表明 

ワールド

モスクワ近郊のロシア正教会中心地に無人機攻撃、1人

ワールド

トランプ氏、プーチン氏との会談に失望 ゼレンスキー

ビジネス

インタビュー:減税や円金利動向を注視、日本の格付け
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「コメ4200円」は下がるのか? 小泉農水相への農政ト…
  • 10
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 8
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 9
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 10
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story