コラム

退役軍人デモが中国で拡大 銃口が習政権を狙う日

2018年08月16日(木)17時00分

退役軍人の送別式に参加した人民解放軍の兵士(12年11月、杭州市) REUTERS

<労働者や農民と違い整然とした抗議活動に警察もたじろぐ......軍事経験なき指導者の改革に人民解放軍は不満を強める>

政権は銃口より生まれる――これは中国共産党が信じる鉄則だ。だが8月1日に中国人民解放軍建軍91周年を迎えた習近平(シー・チンピン)政権は「銃口」からの試練に直面している。

年金削減など退役後の待遇に不満を抱いた元軍人によるデモが続発し、沈静化の兆しが見られない。6月13日に四川省徳陽で最初のデモが勃発したのを皮切りに、江蘇省鎮江で19~24日、湖南省長沙で7月9日、河北省石家荘で12日、山西省太原で17日、内モンゴル自治区赤峰では19日、山東省煙台で24日にと、各地に飛び火している。

79年に中越戦争に参加した60代の退役軍人を先頭に、デモ参加者の年齢層は幅広い。元軍人たちは相互に呼び掛け、地域を超えてデモを行っている。

彼らは労働者や農民の抗議と異なり、自分たちで選んだ「指揮官」の号令に従って隊列を組み行進。政府庁舎前で抗議を行うときも整然としている。警察と機動隊を前にしても一致団結して抵抗し、簡単には退かない。

かつて国家の「暴力装置」だった軍人は、鎮圧する政府側の出方を知り尽くしているだけに厄介だ。デモ隊に退官後の己の姿を重ね合わせて見てしまうのか、鎮圧側も強くは出られず、事態は深刻化しつつある。

退役軍人は中国全土に5700万人以上いるといわれる。習政権になってから国有企業の改革が進まず、経済が悪化の一途をたどり、地方政府の予算も潤沢ではなくなった。もともと地方政府は経済統計の水増しを繰り返して業績を偽り、発展を装ってきた。ここに至って地方財政は破綻し、退役軍人に支払うべき年金も削減されている。

「党が軍を指揮」は建前

16年には退役軍人数千人が待遇改善を求め、首都北京の国防省を包囲。習政権は今年4月に再就職支援などを行う退役軍人事務省を発足させ不満解消を図ったが、情勢は好転していない。

待遇がひどくなっている背景の1つに、習の進めた軍改革がある。人民解放軍は広大な大陸を舞台にした20年代から40年代にかけての国共内戦から発展した。国民党との長い内戦から次第に4つの野戦軍が形成。毛沢東を最高指導者と認めながらも、それぞれ独自の派閥と地域に立脚した組織が維持されていた。

毛が死去し鄧小平時代になっても、派閥と地域性は基本的に残された。4つの野戦軍はさらに複数の軍区に分割されることがあっても、旧来の人事・指揮系統は不動のまま。それぞれの軍区内で退役軍人の面倒を見る伝統もそれなりに機能していた。

しかし、総司令官となった習は16年2月から従来の7大軍区を廃止し、5大戦区に整理統合。人事と指揮は党中央に吸い上げられた。こうした改革で、実戦の際には指揮系統を統一したことで命令伝達はうまくいくだろう。だが軍と地方の関係を薄めたことで、平時において軍内部の福祉政策は麻痺してしまった。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:ミャンマー内戦、国軍と少数民族武装勢力が

ビジネス

「クオンツの帝王」ジェームズ・シモンズ氏が死去、8

ワールド

イスラエル、米製兵器「国際法に反する状況で使用」=

ワールド

米中高官、中国の過剰生産巡り協議 太陽光パネルや石
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカ…

  • 6

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 9

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 10

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story