コラム

パリ五輪直前に突然の議会解散・総選挙という危険な賭けに出たマクロン大統領の成算と誤算

2024年06月26日(水)18時00分

下院議員選挙の小選挙区2回投票制は、そうした「極右」と「反極右」という2つのブロックの間の対決という構図を作るのに絶好の選挙方法だ。第1回投票での上位数名が第2回投票に残れるが、第3位の候補が立候補辞退したり、第1回投票のあとに選挙結果次第で選挙協力の組み換えや再調整がおこなわれたりして、結局第2回投票は、第1回投票の上位2名での決戦となることが多い。しかも、第2回投票では2人の間で逆転が生じ、第1回目で第2位の候補が決戦を制することもたびたびある。

こうした戦術を成功させるためには、上位2位以内に付けておくことが、極めて重要となるが、マクロン与党は、欧州議会選挙で国民連合の後塵を拝したとはいえ、かろうじて他の政党を抑えて第2党のポジションを確保した。マクロン与党が第2党となることを脅かす可能性のある左翼連合は、中東紛争に対するスタンスの違いが表面化したことで、急進派と穏健派の間で対立が深まり、分裂状態に陥っていた。分裂したままで臨んだ欧州議会選挙では、個々の党別では票を伸ばした政党もあったが、逆に左翼連合としての弱体化を曝け出した。こうした状況は、マクロン与党にとって、来るべき下院議員選挙でも2位以内に入る可能性を与えていた。

マクロン大統領の誤算

ところが、ふたを開けてみたら、それは誤算であったことがすぐに明らかになった。
マクロン与党への求心力はマクロン大統領の思惑通り働き始めたが、それをはるかに上回る大きな遠心力が発生した。今回の強引な決定が、マクロン大統領の政治手法に対する大きな反発を呼び、左右両派においてマクロン離れの動きを招いてしまったのだ。

分裂していた左派では、「反マクロン」で共同戦線を組もうという再結集の動きが急速に進み、急進左派から社会党右派まで(「メランションからオランドまで」)ほぼすべての左派勢力が大同団結した、新たな左翼連合「新人民戦線」が立ち上げられた。

一方右派の側でも、「反マクロン」の遠心力が強まった。
それは、「極右」への擦り寄りという形で現れた。共和党内に潜在的にあった内部分裂が顕在化したものだが、ショッティ党首が秘密裏に国民連合と接触して、独断で選挙協力・連合を組むという方針を発表したのだ。

これに対し「反極右」路線を堅持してきた他の党幹部は一斉に反発し、ショッティ党首の解任を決めたが、即時抗告の裁判の結果、解任は認められず、ショッティは党首のまま、国民連合との連合が成立した形となっている。

その結果、ショッティ派の「共和党」と国民連合が連合したブロックが一方において存在し、反ショッティ派の「元祖共和党」がもう一方において存在するという、支離滅裂の状況が生じている。ショッティ派「共和党」からは約60名程度が立候補し、「極右」勢力を補強している。

こうした政党・政治家レベルでの政界再編が、有権者レベルでの政治勢力関係、ひいては投票による選挙結果に、どう結びつくのかはふたを開けてみないと分からないが、上述の世論調査によれば、国民連合の第1位(35%)は揺るがないが、新たな左翼連合が第2位(29%)に浮上し、マクロン与党は第3位(21.5%)に落ち込んでいる。この傾向が総選挙でも表れれば、マクロン与党が決選投票に進めるチャンスはほぼ絶望的だ。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

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