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England Swings!

ラッシャー貴子|イギリス

プロサッカー選手の取り組みで注目される子どもの貧困問題

英国には食べるものが全然あるいはほとんどない子どもが150万人いて、コロナ禍の影響で250%も増えているそう(写真:marichka_b-iStock)

わたしはサッカー音痴だ。何度説明してもらってもオフサイドが理解できないし、周りでプレミアリーグやヨーロッパリーグの話が始まると目が泳いでしまう。知っているのはプロのサッカー選手は高給取りであることぐらい。

そんなわたしも、実は最近、サッカー選手のファンになった。英国プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッド所属で、イングランド代表でもあるマーカス・ラッシュフォード選手だ。でもファンになったのは試合を見たからではない。彼の人柄にほれてしまったのだ。

初めてラッシュフォード選手の姿を見たのは今年の6月、国営放送BBCの朝の情報番組だった。普通の家の庭のようなところで、彼は「夏休みも学校の無料給食を続けてほしい」と静かに話していた。華やかなイメージのサッカー選手には不似合いな話題だ。「ぼくも無料給食やフードバンク(余ったり寄付されたりした食品を生活困窮者などに配給する活動)のお世話になったから。お腹をすかせた子どもをなくしたい」と淡々と彼は、どこにでもいそうな優しい若者という雰囲気だった。

ラッシュフォード選手の10月18日付のツイートより、シュートを決めた時の写真

イングランドではYear 2(6 -7歳)まで学校給食が無料で、それ以降は有料になる。ただし所得が低い家庭の子は引き続き無料なので、これに頼っている子も多いそうだ。子どもの頃のラッシュフォード選手もこれを利用していたんだな。彼は22歳だから、つい10年ぐらい前のことだ。こういう子たちは学校が休みになると食事に困ってしまう。それなのに、コロナ禍で生活が苦しい家庭が増えたとわかっている今年も、夏休みに無料給食は出ないことがすでに決まっていた。

そこで立ち上がったのがラッシュフォード選手だった。彼は前々から慈善団体と協力して、子どもの食糧問題に取り組んでいたそうだ。人気サッカーチームの選手である彼が無料給食の延長を求める公開レターを国会議員に送ると、世間の注目が一気に集まって、数日後にはジョンソン首相との電話会談が実現。その結果、政府の決定がくつがえって、夏休み中も給食が無料で提供されることになった。ラッシュフォード選手のこの大活躍はBBCニュースの日本語版に詳しく載っている。

この時に社会に大いに貢献したということで、10月には彼は若干22歳にして勲章(MBE/ 5等勲爵士)も受けた。子どもたちのヒーローであるプロのサッカー選手が社会のために行動する姿を子どもたちに示したという意味でも、功績は大きいだろう。

でも、ラッシュフォード選手の活動はこれで終わりではなかった。お腹がすいた子どもがひとりもいなくなるまで貧困と戦う覚悟という彼は、まず夏休み後の10月末のハーフタームにも給食を出すように政府に働きかけた。ハーフタームとは学期の途中にある1週間ほどの中間休みのことで、地域や学校によって多少ずれるが、今年の秋は10月の最終週にしている学校が多い。ところが先週(10月21日)、議会はこの案を否決した。

これを聞いて、お腹がすいた子どもを放っておくなんて! と怒る人が続出した。議案に反対した議員のリストがツイッターで出回り、そんな議員は今後うちには出入り禁止だと張り紙をする店も現れた。政府がやらないなら自分が面倒みるよ、と、自主的に食べものを無料で提供し始めた店や団体も多かった。実施しているのは食品メーカー、スーパーマーケット、フードチェーン店などの大手企業だけでなく、自治体、サッカーチーム、さらには個人経営のカフェやレストランまでさまざま。ちょうどハーフタームにあたる今週、食料品、サンドイッチ、朝ごはん、ランチパック、調理された温かい食事などが英国各地で無料で配られている。

イングランド北部ランカシャーで地元議員を出入り禁止にして批判する張り紙。いかにも北の人らしい痛烈な皮肉たっぷり。「子どもが飢え死にしてもいいというモリス議員は今後この店に出入りを禁止する。給食延長に反対した彼は、これまで77,676ポンドの経費を計上している。これはトップ10に入る金額だ。しかも自分の給料を約3400ポンド値上げする法案には賛成している」(筆者抄訳)

こういう時に支援の手を直接さしのべる英国の文化にはいつも感激してしまう(英国人だけでなく外国人も多い、もちろん日本人も参加している)。政府への反発があるとしても、コロナ禍の影響で自分も楽ではない人が多いなか、当たり前のように困った人を支えようとする。

食事を配る現場には何もシステムはないから、本当に食事に困っている子どもかどうか、はっきりわからない。でも、それでもいいよ、誰でもどうぞ、と全体におおらかだし、子どもだけでなく家庭に食料品を配っているところもある。そしてラッシュフォード選手も、その情報をツイッターで丁寧に何百件もリツイートしている。

もちろん給食反対派も子どもを飢えさせろと言っているわけではなくて、給食のための資金はすでに地方自治体に払っている、という理由を挙げている。継続派によれば、この資金には使い方に制限があってうまく機能しないということらしいが、とにかく今お腹がすいている子どもには、どう考えても今すぐ食べものが必要だ。

Profile

著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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