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コペンハーゲンで考える、生き物の話

姫岡優介|デンマーク

「すべては遺伝で決まる」なんて言われていた時代があったね

(image from iStock)

氏か育ちか。そんな議論がヒトゲノム計画真っ盛りのころ、熱を帯びていた気がする。

遺伝子は生命の「設計図」。細胞が生命活動を行うために必要な分子機械一式の作り方を記した、生きるために必須の本だ。

想像してみて欲しい。つい2,000年ほど前、生命現象は生気論によって語られていた。いまやその設計図がA, T, G, C4種類の化学物質の羅列で書かれていることを私たちは知っている。

しかもそれは一寸よりも小さな細菌からヒトまで、あまねく採用されている共通言語だ。大腸菌にヒトインスリンの遺伝子をゲームカセットのように組み込めばヒトインスリンを作って糖尿病薬にすることだってできる。

こんな驚天動地の大発見があったのだから、遺伝子さえ分かれば全てが分かる、そんな雰囲気があったのも不思議ではない。

さて、遺伝子は全てを決めるのだろうか。

クローン細胞の個性

遺伝子は確かに重要な情報の担い手だが、DNAが存在するだけでは生き物は生きていけない。遺伝情報がDNAから読み出され、タンパク質がつくられなければならない。

全く同じ遺伝子を持つ細胞たちは全く同じように遺伝子をオン・オフしてタンパク質を作っているのだろうか。それを確かめるためにカリフォルニア工科大学のマイケル・エロウィッツらは、特定の遺伝子をオンにすると光を発するように大腸菌を改変し、そのクローン集団がどのように光るかを観測した。

見やすさと著作権の問題でエロウィッツの論文とは別の実験の動画を貼ったけども、エロウィッツ実験でもこんな感じに細胞はカラフルに光った(色が違う細胞は遺伝子発現のパターンが違うことを表している)

この実験で用いられてる大腸菌はみんなクローン。同一の遺伝子を持った集団だ。ほんの少数の遺伝子の発現度合いだけを見ても、これだけの違いがあるだ。

実はこういった「個性」の発見は、従来の研究手法への重要な問題提起になっている。

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例えば、成長速度の計測というのはその細菌を研究していく上でまず行うと言っても過言ではないほど重要な実験だ。その菌はどういう環境だと成長が速い(遅い)のかを調べることで、そいつの好きなエサなどを知り、どのような代謝を行なっているのかを調べる手がかりになる。

大腸菌は小さい上に数が多い(1ml10億匹くらいまで育つ)。ひとつひとつの細胞の成長を目で見るのは大変だ。そのため、よく使われる手法は数ミリリットルの培養液で細菌を育て、細菌の増殖とともに培養液が濁っていくスピードを測るというものだ(とても簡単)。

この方法は一見問題なさそうだ。しかしよくよく考えてみると、この測定方法の背景には、「クローン集団であればどの個体も同じように振る舞うので、平均の成長速度を調べれば個々の細胞の成長速度も分かるだろう」という仮定がある。

成長速度にばらつきがあったとしても、この測り方で正しく増殖速度を調べられるのだろうか。

例えば2匹の大腸菌A, B成長速度が違ってそれぞれ分裂に20分、40分かかるとしよう。1匹ずつから分裂が始まった場合4時間後にA,Bの子孫は何匹まで増えるか考えてみる。
A
4時間で12回、B6回の分裂を行うので、答えは4,096匹と64だ。細胞はねずみ算的に増えていくのでたった2倍の分裂速度の違いがとんでもなく拡大した。

ここで、もし大腸菌ABを区別せずに実験を行なった場合は全体としては4時間で(4,096+64)/2 = 2,080倍になっている。これを以って「このフラスコのなかにいる大腸菌一匹いっぴきは4時間で約2,000倍になります」と言うのは妥当だろうか。

もしイエスならば次の問いもイエスでないといけない。

世界の富は1995年から2014年までに66%増大したという*。この期間に地球上の人類一人ひとりは66%豊かになっただろうか。

細胞の「個性」の発見がニーズを産み、顕微鏡技術の発達が実現を可能にしたものが「1細胞計測」という手法だ。1細胞計測実験では例えば、先ほど紹介した動画のように大腸菌を小さな空間に閉じ込めてそこに栄養を流し、ひとつひとつの細胞の成長データをとる。これによってこれまで見落とされてきた様々な現象やそのメカニズムが発見されてきた。

生き残るためのギャンブル

細胞ひとつひとつに個性が、ばらつきがあることは化学的に避けられない現象なのか、それともそうすることに何か意味があるのか。それを考えるための興味深い例は大腸菌の薬剤耐性だ。

「薬剤耐性菌」という言葉を聞いたことはあるだろうか。抗生物質を下手に乱用すると、偶然生き残った病原菌の進化を促進してしまい、ついには抗生物質が効かない薬剤耐性菌が生まれてしまう、というもの。

この「偶然生き残る」のはなぜだろうか。その理由のひとつがクローン集団内の細胞の個性だ。

すこし込み入った話なのだけども、微生物が抗生物質から逃げ切るには、遺伝子の変異を必要とするものと必要のないものがある。
薬剤耐性菌と呼ばれるのは多くの場合は前者で、例えば細胞内に入り込んだ薬を外に出すポンプが変異によってものすごく多く作られるようになったとか、薬が結合できない形状にターゲット分子が変化してしまったなどがメカニズムとして知られている。

他方の遺伝子変異を必要としない場合は細胞は抗生物質が投与された時間帯に偶然「寝ている」

もちろん「寝ている」という表現は比喩なのだけども、細菌には「休眠モード」という謎のモードがあり、そのモードではたとえ栄養が周囲にあったとしても細胞内の代謝速度を極端に落として、成長もほとんど止めてしまう。

ものすごく乱暴な言い方をしてしまうと、外からの栄養取り込みもほとんど止めた細胞は、抗生物質を取り込むこともほとんどない。僕らも24時間ずーーっと抗生物質漬けではないから、抗生物質を一時的に投与したとしてもその投与時間を「寝過ごした」菌たちが起きてきて、また成長を始める。

完全に菌を死滅させることはできなかったので、また投与が繰り返されればいつかは変異が起きてしまって薬剤耐性を持つものが出てくるだろう。そうすると菌が寝ていようが起きていようが抗生物質は効かない。

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イスラエル・ヘブライ大学のナタリー・バラバンらの研究によって、大腸菌はこの「眠っている」状態と活発に成長・分裂している状態を確率的に行ったり来たりしていることが明らかになった。

面白いことにこれはギャンブルや投資における資産配分とのアナロジーで理解できる。成長状態にいる細胞はどんどん成長が出来るが抗生物質が投与されると一気に死んでしまうという意味でハイリスク・ハイリターンの投資先。また休眠状態にいる細胞は成長もしないが抗生物質がきてもほとんど死なない。その意味で国債のような上がり下がりの非常に少ない安全な投資先だ。

そして投資における資金も、大腸菌の個体数も時間とともに指数関数的に増大するという意味で同じだ。実際、両者の簡単な数理モデルはまったく同じである。

そういう意味で、大腸菌はクローン集団内における細胞個体のばらつき、個性、ゆらぎを利用して生存のためのギャンブルをしているといえる。しかもどちらかに全て突っ込むのではなく上手いアセットアロケーションをしながら。

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極めて簡単な生物である大腸菌でさえ、遺伝子の情報だけでは説明しきれない現象を見せており、ゲノムを全て読んでも生命の全てが分かる、とはどうもならなそうだ。

もちろん分からないことが多い方が科学者としては嬉しい。ただ、「これで全てが分かるかも知れない!」というロマンチックな時代の雰囲気を味わえたのも、それはそれできっと貴重だ。

 

Profile

著者プロフィール
姫岡優介

90年生まれ、東北大→東大院。現在、デンマークはコペンハーゲンでシステム生物学の研究をしています。「生きている状態」というのはどういった意味で特別な状態なのかということを数学的に理解することが目標です。もうすこしサイエンスが多くの方にとって身近になればいいなと思っています。twitter: https://twitter.com/yhimeoka

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