最新記事
盗難

ルーブルを襲った「7分の強奪」──155億円が示す美術館の盲点

Museum Heists on the Rise

2025年10月28日(火)11時02分
ペネロピー・ジャクソン(豪チャールズ・スタート大学芸術学部非常勤研究員)
ルーブルを襲った「7分の強奪」──155億円が示す美術館の盲点

マリ・ルイーズ皇后のネックレスやイヤリングも強奪された ZHANG MINGMINGーVCGーREUTERS

<美の殿堂に潜む無防備──ルーブル宝飾品強盗が突きつけた現実...大胆不敵な宝飾品強盗が意味するもの>

世界最大の美術館である仏パリのルーブル美術館。所蔵品は約50万点でそのうち約3万点が展示され、年間平均800万人が来館する。どれを取っても破格の規模で、監視すべき人と作品の数は膨大だ。特に日曜日は混雑する。

その日曜日の10月19日、用意周到な計画が実行された。


午前9時半、蛍光色の作業用ベストを着た男4人がトラックでルーブルに到着。はしごで2階に上り、窓ガラスを切断して「アポロンのギャラリー」に侵入すると、電動工具を振り回して、仏王族の精緻な宝飾品9点を盗み出した。

被害額は推定8800万ユーロ(約155億円)だが、犯人たちにとってはここからが難題だ。これほどのお宝は身に着けるには目立ちすぎるし、かといって合法的に売ることもできない。インターネットに画像が出回っているからだ。

最善策は宝飾品を分解し、貴金属を溶かして宝石をばらばらに売りさばくことだろう。

犯人たちが持ち出したものの、現場からスクーターで逃走する際に落としていったのがナポレオン3世の妻、ウージェニー皇后の王冠。金でできた8羽のワシ、ブリリアントカットダイヤモンド1354個、ローズカットダイヤモンド1136個、エメラルド56個がちりばめられており、個々に売りさばこうとすれば相当量の宝石になる。

ルーブルにとっては強盗が一件でも起きれば大打撃で、警報装置と警備員による防犯体制に疑問符が付けられる。今回は近くにいた警備員5人が来館者を避難させ、警報も鳴った。しかし犯行はわずか7分で完了した。

2019年には、英ブレナム宮殿に展示されていたイタリアの現代美術家マウリツィオ・カテラン作の18金製便器「アメリカ」(16年)が盗まれた。重さ98キロで、便器として使用できる状態にあったが、犯行時間は5分。つまり犯人2人は、迅速かつ効率的に作業をしたということだ(彼らは後に逮捕・収監されたが、作品は今も行方不明だ)。

無防備な面が浮き彫りに

世界的に見て、盗まれた美術品の回収率はせいぜい10%程度ともいわれる。

絵画は転売が難しいが、金の便器や宝飾品なら、貴金属や宝石を分解して売ることも可能だ。ルーブルから奪われた宝石類が回収されるかは、時間がたてば分かるだろう。

今回の事件では、一般公開作品の無防備な面が浮き彫りにされた。そうした作品がルーブルなどに寄贈されるのは多くの場合は保管のためで、そう考えると皮肉なことだ。

美術館の警備員は大抵、最低賃金で雇われ、多大な責任を負っている。予算削減があるときは、真っ先に対象にされるのは往々にして警備員だ。

私たちには、ルーブル強盗犯の動機は今のところ分からない。だが、盗まれた宝飾品がフランスの歴史の一部で、かけがえのないものであることは分かる。来館者たちは、各作品の美や職人技を鑑賞できなくなっただけではなく、フランスの歴史という文脈の中で、それらを包括的に理解する機会も奪われてしまった。

ここで少し気になることがある。フランス人が他国の美術品を横取りするのが大好きだったことだ。その意味では、今回の事件は因果応報と言えるのかもしれない。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

日産、メキシコ合弁工場での車両生産を11月で終了=

ワールド

米、安全保障上の脅威と見なす中国ハイテク企業への規

ビジネス

ロスネフチ独事業は制裁対象外、米政府が書面で確認=

ワールド

米ビザ、7―9月期の純収入は12%増
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」にSNS震撼、誰もが恐れる「その正体」とは?
  • 2
    コレがなければ「進次郎が首相」?...高市早苗を総理に押し上げた「2つの要因」、流れを変えたカーク「参政党演説」
  • 3
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大ショック...ネットでは「ラッキーでは?」の声
  • 4
    楽器演奏が「脳の健康」を保つ...高齢期の記憶力維持…
  • 5
    「ランナーズハイ」から覚めたイスラエルが直面する…
  • 6
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 7
    【クイズ】開館が近づく「大エジプト博物館」...総工…
  • 8
    「何これ?...」家の天井から生えてきた「奇妙な塊」…
  • 9
    「死んだゴキブリの上に...」新居に引っ越してきた住…
  • 10
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 4
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    熊本、東京、千葉...で相次ぐ懸念 「土地の買収=水…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 10
    庭掃除の直後の「信じられない光景」に、家主は大シ…
  • 1
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 9
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中