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ノーベル生理学・医学賞、日本の坂口志文ら受賞──免疫システムの「暴走を防ぐ仕組み」を発見

Nobel prize awarded for discovery of immune system’s ‘security guards’

2025年10月7日(火)09時30分
マンチェスター大学 リディア・ベッカー免疫・炎症研究所 所長
ノーベル生理学・医学賞を受賞した坂口志文と2人のアメリカ人研究者

ノーベル生理学・医学賞を受賞した坂口志文と2人のアメリカ人研究者(10月6日、スウェーデン・ストックホルムのカロリンスカ研究所にて) TT News Agency/Claudio Bresciani via REUTERS

<長年「存在しない」とされてきた免疫のブレーキ役「制御性T細胞」が、自身への攻撃を防ぐ鍵だった>

2025年のノーベル生理学・医学賞は、免疫システムが自己を攻撃しないよう制御する仕組みを発見した3人の科学者に授与された。

日本の大阪大学に所属する坂口志文、アメリカのインスティテュート・フォー・システム・バイオロジーに所属するメアリー・E・ブランコウ、ソノマ・バイオセラピューティクスに所属するフレッド・ラムズデルは、免疫システムを暴走から守る「監視役」のような特殊な細胞を突き止めた。

この発見は、自己免疫疾患の治療や予防への理解を大きく前進させた。3人には、スウェーデン・クローナで1100万(約87万ポンド)の賞金が贈られる。

免疫システムは、健康を維持するうえで欠かせない。成長過程で組織を整え、古くなった細胞や老廃物を除去し、有害なウイルス、細菌、真菌などを排除する。

だが、免疫システムには微妙な課題がある。毎日数千種類もの侵入者に対処しなければならないが、それらの多くは体内の正常な細胞に酷似するよう進化してきた。そのため、敵と見なす対象と、自分自身の細胞をどう見分けるのかが課題になった。

免疫システムは、どの細胞を攻撃し、どれを無視すべきかをどう判断しているのか?

この問いは何十年にもわたり免疫学者の関心を集めてきたが、今年のノーベル賞受賞者の画期的な研究により、「制御性T細胞」と呼ばれる特殊な免疫細胞の存在が明らかになった。これらの細胞は、自己に対する免疫反応を防ぎ、免疫システムのバランスを保っている。

免疫学の分野では長年にわたり、一部の免疫細胞は正常に機能する一方で、なぜ他の細胞が自己組織を攻撃するようになるのかが明確でなかった。このような異常反応は、1型糖尿病、関節リウマチ、多発性硬化症などの自己免疫疾患を引き起こす。

かつては、胸腺と呼ばれる胸部の小さな器官が、免疫寛容(自己を攻撃しない状態)を担う唯一の臓器と考えられていた。

免疫細胞の一種であるTリンパ球が体内のタンパク質を強く反応する場合、それらは幼少期のうちに胸腺で除去されるとされた。逆に、軽度の反応しか示さないT細胞は体内に放出され、パトロール役を担うとされていた。


しかし、1980年代から1990年代にかけて坂口が行った研究により、免疫反応を抑制し、自己攻撃を防ぐ特殊なT細胞の存在が明らかになった。

坂口は最初の実験で、生後間もないマウスから胸腺を外科的に除去し、その後、遺伝的に近い別のマウスからT細胞を移植した。彼は、胸腺を取り除いて自己免疫疾患の発症を防ぐ仕組みが存在しない場合、T細胞が制御されずに暴走し、自己組織を攻撃すると予測していた。

ところが実際には、自己免疫疾患の発症を防ぐようなT細胞が存在することが確認された。

その後10年にわたり、坂口はこれまでに知られていない機能を持つT細胞を探し求めた。1995年、坂口は新たなT細胞のクラスとして「制御性T細胞(Regulatory T cell)」を定義する論文を発表。特定のタンパク質を表面に持つT細胞が、体に有害なT細胞を抑制することを示した。

発表当初、制御性T細胞の存在に対する科学界の反応は懐疑的だった。だが、1990年代から2000年代初頭にかけて発表されたブランコウとラムズデルの研究により、その機能が裏付けられた。

ブランコウとラムズデルは、制御性T細胞が免疫抑制タンパク質を分泌したり、直接的に抗炎症シグナルを伝えたりすることで、自己組織に対する攻撃を防いでいることを突き止めた。

また、制御性T細胞を識別するための特定のタンパク質(FoxP3)も発見された。これにより、制御性T細胞を特定・分離し、研究対象とすることが可能になった。

この一連の発見により、「Tレグ(T-regs)」とも呼ばれる制御性T細胞が、体内の炎症性免疫細胞をコントロールするうえで極めて重要であることが示された。

今年のノーベル賞受賞者たちの研究は、免疫寛容の理解にとどまらず、免疫学の分野を大きく切り拓いた。

彼らの仕事は、免疫や炎症が単に受動的に生じるのではなく、積極的に調整されていることを示した。そして、感染症、アレルゲン、環境汚染物質、自己免疫によって引き起こされる炎症性疾患の制御に関する多くの新たなアプローチを解明した。

さらには、移植臓器の拒絶反応を防ぐ手法や、がん治療やワクチンに対する免疫応答を強化する新たな方法の開発にもつながっている。

The Conversation

Tracy Hussell, Director of the Lydia Becker Institute of Immunology and Inflammation, University of Manchester

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


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