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ガザ紛争

パレスチナ人「大量移住」計画、イスラエルは本気だ...中東の専門家が語る、ガザの現状と未来

Nobel Dreams, Gaza Reality

2025年7月15日(火)17時00分
スコット・ルーカス(アイルランド国立大学ダブリン校教授、国際政治学)
ガザで上がる炎

イスラエル軍の攻撃が続いているガザで上がる炎(7月9日) AMIR COHENーREUTERS

<米政府は今もガザ停戦の実現に楽観的で、イスラエルのネタニヤフはトランプをノーベル平和賞に推薦。しかし現実は甘くないようだ>

パレスチナ自治区ガザで少なくとも停戦は実現できると米政府は「今も楽観視している」──。イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が7月7~10日に訪米し、ドナルド・トランプ米大統領と2日連続で首脳会談を行うなか、メディアはそう報じた。

ネタニヤフは会談の席で、「中東で次々に平和を構築している」との理由で、トランプをノーベル平和賞に推薦する書状を手渡した。だが現時点では、イスラム組織ハマスにもイスラエルにも、停戦条件を受け入れる兆しはない。


実際には、2人の首脳が話し合ったのはパレスチナ人の大規模移住だったという。イスラエルのイスラエル・カッツ国防相が7月7日に明らかにした移住案では、ガザの南端ラファに「人道都市」を建設し、手始めにパレスチナ人約60万人を移住させる方針だ。

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ネタニヤフ(右)がトランプにノーベル平和賞の推薦状を手渡す一幕も AP/AFLO

中東問題の現状と今後について、アイルランド国立大学ダブリン校のスコット・ルーカス教授(国際政治学)に、ニュースサイト「ザ・カンバセーション」が聞いた。

◇ ◇ ◇


──ワシントンでの首脳会談の焦点は「2国家解決」策ではなく、パレスチナ人移住だったようだ。停戦が実現する可能性をどうみているか。

一部のメディアが操られて重要な点を見逃すことは興味深いが、時に失望する。

トランプは7月初め、イスラエルが(ハマスと協議中の)60日間の停戦案に合意しており、ハマスは「取引に応じるべきだ」とソーシャルメディアで明言した。だがイスラエル政府は、スティーブ・ウィトコフ米中東担当特使が触れ回る停戦の枠組みを受け入れていない。それどころか、攻撃停止にも同意していない。

首脳会談が行われるなか、トランプは「ガザ停戦協議に楽観的」と伝えられた。一方、重大な進展に触れた報道は少なかったようだ。ハマスはアメリカが提示した枠組みに対し、イスラエル軍がガザから撤退し、人道援助が復活すれば、60日間の停戦期間中にイスラエル人の人質28人を段階的に解放すると提案していた。

だがイスラエル政府はこれまでのところ、まともな反応を示していない。むしろ、長期的にガザを軍事占領する計画を進めると同時に、同地区に住むパレスチナ人約220万人の大半を移住させるつもりでいるらしい。

ネタニヤフ政権の極右派、ベツァレル・スモトリッチ財務相やイタマル・ベングビール国家治安担当相は長い間、ガザ住民100万人以上に立ち退きを求めている。最近の報道は、これが単なるスローガンではない証拠だ。イスラエルの実業家らはガザ戦後計画に取り組み、「トランプ・リビエラ」や「イーロン・マスク・スマート製造地区」を建設するつもりだという。

ネタニヤフの忠実な支持者であるゼエフ・エルキン議員は7月8日、停戦の「見込みは十分だ」と公言した。だが仲介役であるカタールの関係者は、停戦協議の枠組みについてまだ双方と話し合っている段階だと述べている。

同じ日、ガザ北部ではイスラエル兵士5人が簡易爆弾によって死亡する事件が起きた。これを受けて、ベングビールは「私たちの兵士を殺害する相手と交渉すべきではない。粉砕し、餓死させるべきであり、彼らの酸素である人道援助によって蘇生させてはならない」と発言している。

従って、私は今のところ楽観的に考えていない。

──今や中東地域全体が2つの出来事によって「リセット」されている。2023年10月7日のハマスのイスラエル攻撃と、今年6月に発生したイスラエルとイランの「12日間戦争」だ。2つの事件が与えた複雑で変化の激しい影響について、もっと教えてほしい。

(ハマスによる攻撃以前)ネタニヤフが注力していたのは、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治政府を抑え込み、2国家解決策の芽をつぶすことだった。そのための戦略が、ガザとハマスに対する経済的圧力の緩和だった。ハマスを西岸のライバル組織に対抗する存在として温存しようとした。

そうしたアプローチを、ハマスは10月7日の大量殺戮で破壊した。わずか数時間で中東の状況が一変した大事件の1つ目だ。ハマスの攻撃はイスラエルの容赦のない反応を招いた。ネタニヤフの誓いに反してハマスは「壊滅」されていないが、イスラエルと地域内のほかの敵との戦いを引き起こしている。

(対イラン軍事戦略の)「オクトパス・ドクトリン」を推進するイスラエルは、昨年秋にレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラ幹部の多くを殺害して、タコの足の1つに大きな打撃を与えた。シリアの首都ダマスカスへの空爆でイラン軍司令官などを殺害し、昨年12月のアサド政権崩壊がさらなる追い風になった。

12日間戦争は、タコの頭であるイランの打倒を狙ったものだ。イスラエルは空爆や暗殺でイラン軍指導部の大半や多くの核科学者を殺害した。最高指導者アリ・ハメネイはシェルターに隠れ、7月6日にやっと表に出てきた。しかし、イスラエルの望みどおりにイランの体制が崩壊することはなかった。

この戦争はもう1つの大事件だった。イスラエルは地域的勝利を手にした。だが逆説的ではあるが、ガザでの問題が解決していないせいで、勝利と引き換えに国際的に孤立している。湾岸諸国はイスラエルとの「関係正常化」路線を転換し、ガザ住民の「ジェノサイド(集団虐殺)」やイランの主権の侵害を、より強硬に非難している。

──つまり、関係正常化を求めるなら、イスラエルはガザでの軍事行動を終わらせるべきだということか。

単刀直入な質問だ。カタールを除けば、湾岸諸国はハマスの友人ではない。イスラエルがハマス壊滅を迅速に達成していたら、それも容認したかもしれない。

だが民間人を中心とするガザ住民6万人近くの殺害や人道支援物資の搬入阻止に、湾岸諸国が公的に同意することは不可能だ。1948年のナクバ(大災厄)のように、イスラエルがパレスチナ人を中東一帯に送り出す事態を望むこともあり得ない。

ネタニヤフは破壊行為とガザ住民の移住によって、ハマスの「完全破壊」を目指すことはできる。イランとの戦争をフル活用し、アラブ諸国との関係を深めようと試みることもできる。だが、その両方を選ぶことはできない。

──トランプのノーベル平和賞受賞はあるのか。

分からない。論理的回答が存在しない問いだからだ。

ヘンリー・キッシンジャーは米国務長官として、ベトナム戦争のエスカレートに責任のある人物だった。この戦争では最大でベトナム人300万人、カンボジア人31万人、ラオス人6万2000人、米軍兵士5万8220人が死亡した。シンガーソングライターのトム・レーラーが、うまいことを言っている。「キッシンジャーがノーベル平和賞を受賞したとき、政治風刺は時代遅れになった」と。

おべっか好きとみられるトランプに有効な戦略だという見方もあるだろう。そういう人は、国際刑事裁判所が戦争犯罪容疑で逮捕状を発行したネタニヤフがホワイトハウスという劇場で、トランプに平和賞の推薦状を手渡す芝居も受け入れるかもしれない。

一方で、ハマスが運営するガザ保健省によれば、23年10月の戦闘開始以来のガザでの死者は5万7575人、負傷者は13万6879人に達した。それこそが重大な問題だ。

The Conversation

Jonathan Este, Senior International Affairs Editor, Associate Editor, The Conversation

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

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