最新記事
パレスチナ

イスラエルの暗殺史とパレスチナの「抵抗文学」

2024年7月10日(水)08時45分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学国際学部教授)
ガッサーン・カナファーニー

ガッサーン・カナファーニーの顔が描かれた壁(写真は2001年1月、ベツレヘム郊外にて) REUTERS

<イスラエルのパレスチナ人への過剰な暴力を世界が非難する今日、52年前に暗殺されたパレスチナ人作家ガッサーン・カナファーニーの作品に再び注目が集まっている>


死について話したい。目の前で起こる死、耳にする死ではない。この2種類の死の違いはあまりにも大きく、それは、人間が消滅への恐ろしい転落に抵抗するために、震える指の力を振り絞って布団の中に縮こまるのを見た者だけが悟ることができる。

死の問題は、死者の問題ではまったくない。生者(生きる者)の目にとって小さな教訓となるようなもので、そしてその自分の番が来るのを辛酸をなめながら待つ、残された者の問題なのだ。

(ガッサーン・カナファーニー『十二号ベッドの死』)

私たちの思考やマインドに、言葉ほど、多大な影響を及ぼしているものはないだろう。言葉によるパレスチナの抵抗運動の一つである文学と詩は、言葉が単なるコミュニケーションや表現の手段を超えて、イスラエルの占領による包囲網を破り、国境を越えることのできる実際の武器であった。

ソーシャルメディアやオープン(開かれた)メディアのカメラがない時代には、詩や言葉はパレスチナで起きていることを語り、外の世界の良心に訴え、パレスチナの大義に対するアラブや国際的な連帯を形成するための不可欠な手段であった。

パレスチナは、言葉によって「抵抗の精神」の種が育つ肥沃な大地であった。その一方で、パレスチナを占領し続けるイスラエルは常にこの言葉の重要性を認識しており、時には逮捕や妨害行為によって、また時には意図的な殺人や暗殺に等しい犯罪によって、パレスチナのその発信者の口封じに必死になって、力を尽くしてきた。

「抵抗文学」の歴史

"抵抗文学"という言葉は、おそらくパレスチナ人作家ガッサーン・カナファーニー氏が、『占領下のパレスチナにおける抵抗文学1948-1966』(ダール・アル・アダブ・ベイルート出版、1966)と、『占領下のパレスチナ抵抗文学1948-1968』(パレスチナ研究所、1968年)という2つの調査研究の中で初めて広めたものだ。彼はこの研究を通して、イスラエルの占領政策の抑圧に立ち向かう言葉による抵抗の役割、火薬と銃弾の炎と入植の残虐さの前に言葉が果たす効果的な役割について深く分析している。

1948年のナクバ(強制移住による離散の悲劇)以後の世代に限ったことではなく、さらにさかのぼれば、植民地主義に抵抗し、イスラエルによるシオニズムの差し迫った危険性を警告する多くの詩人や文学者による"抵抗"の声も抵抗文学に含まれる。もちろん、1936年のイギリス委任統治時のパレスチナのアラブ人大反乱にまで及ぶ。 当時の詩人たちは、破局を認識し、荒野の叫び声のように、警告を込めて詩の声を上げた。その中でも特に著名なのが、イブラヒム・トゥカン、アブド・アル=ラヒム・マハムード、アブ・サルマ "アブド・アル=カリム"・アル=カルミという詩人たちである。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ホンジュラス大統領選、トランプ氏支持候補が僅差で追

ワールド

EU、自動車業界支援策の発表延期か 35年内燃車禁

ワールド

サウジアラビア、26年度予算で440億ドルの赤字予

ビジネス

豪GDP、第3四半期は前期比+0.4% 予想下回る
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇気」
  • 4
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 5
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 6
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドロー…
  • 7
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 8
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 9
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 10
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    【クイズ】世界遺産が「最も多い国」はどこ?
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中