最新記事
海外ノンフィクションの世界

汚染・危険・荒廃...世界の「最悪の土地」12カ所を訪れた作家が見つけたもの

2024年3月18日(月)16時20分
木高恵子 ※編集・企画:トランネット

いわくつき映画を思い起こさせる「ゾーン・ルージュ」

本書には、著者によって多くの書籍や映画も紹介されている。そのうちの1つが『ストーカー』(アンドレイ・タルコフスキー、1979年)である。

映画完成の後に監督や主演俳優が年若く死去したといういわくつきの映画で、立ち入り禁止ゾーン内にある「部屋」に入れば望みが叶うと人々の間で信じられている。しかし、どう見てもこのゾーンは人体に重大な影響をもたらす何らかの事故が起こった後、放棄され、それを民衆には知られないよう、立ち入り禁止にされた場所に思える。そんな筋書きで、見ていて背中がゾクゾクする映画である。

著者のカル・フリンは、フランスが第一次大戦後に隔離した戦場跡地「ゾーン・ルージュ」を訪れたときにこの映画を思い出した。

化学兵器20万個が焼却された最も純粋な荒れ地

以下の3カ所は、『人間がいなくなった後の自然』の原書と邦訳から。

●A fairy-tale dell sealed behind a military-style compound. Its innocuous appearance jars with the scale of the defences surrounding it; my senses buzz with the disconcerting sense of danger camouflaged in plain sight.
(軍事用の頑丈な囲いの後ろにあるおとぎの国の小さな谷間。その無邪気な姿は、周囲に張り巡らされた防衛網の規模とは対照的だ。偽装された風景に潜む危険な気配に、私の感覚がざわめいた)

――この場所こそ戦後に化学兵器20万個が焼却され、そのために毒され不毛になった最も純粋な荒れ地である。

●He felt, he remembers now, an incredible sense of peace. Just being there felt like an immersive kind of meditation.
(今にして思えば、あの時、彼は信じられないほどの安らぎを感じていたという。そこにいるだけで、まるで瞑想に浸っているかのようだった)

――キプロス島の緩衝地帯に、秘密裡に入り込んだある男の感想である。フェンスの向こうではごく普通の生活が営まれているが、45年間、人間が消えた場所は何か独特な効果をもたらすようだ。

●Everywhere I have looked, everywhere I have been - places bent and broken, despoiled and desolate, polluted and poisoned - I have found new life springing from the wreckage of the old, life all the stranger and more valuable for its resilience.
(私が見たすべての場所、私が訪れたすべての場所、激しく破壊され、略奪され荒れ果て、汚染され毒された場所に、私は新しい生命が生まれつつあるのを見た。古いものの残骸から、その回復力によって、奇妙で、より有用性の高い生命が生まれてくるのを見た)

――終末論というものがあるが、著者は認めない。水も種子もないところから植物が育ち、人間が住めなくなった土地に動物が増えているのを、自分の目で見たからだ。

著者が述べるように、世界の最悪の場所ばかりを次々に並べる本書は、暗黒の書というべきかもしれない。しかし実のところ、本書は救済の書なのである。地球上で最も汚染された土地は、どのようにして生命の可能性を育むのだろうか。

人間がいなくなった後の自然

人間がいなくなった後の自然
 カル・フリン 著
 木高恵子 訳
 草思社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ノーベル化学賞に北川進京大特別教授ら3人、金属有機

ワールド

米国民の過半、部隊投入は「外部からの脅威ない限り」

ワールド

欧州の金利「適切な水準」、追加のガイダンス不要=ス

ビジネス

アサヒGHDへのサイバー攻撃、ランサムウエア集団「
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:中国EVと未来戦争
特集:中国EVと未来戦争
2025年10月14日号(10/ 7発売)

バッテリーやセンサーなど電気自動車の技術で今や世界をリードする中国が、戦争でもアメリカに勝つ日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示す新たなグレーゾーン戦略
  • 2
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 3
    トイレ練習中の2歳の娘が「被疑者」に...検察官の女性を襲った「まさかの事件」に警察官たちも爆笑
  • 4
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    ウクライナの英雄、ロシアの難敵──アゾフ旅団はなぜ…
  • 7
    ヒゲワシの巣で「貴重なお宝」を次々発見...700年前…
  • 8
    【クイズ】イタリアではない?...世界で最も「ニンニ…
  • 9
    「それって、死体?...」新婚旅行中の男性のビデオに…
  • 10
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 1
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 2
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレクトとは何か? 多い地域はどこか?
  • 3
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最悪」の下落リスク
  • 4
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 5
    赤ちゃんの「耳」に不思議な特徴...写真をSNS投稿す…
  • 6
    iPhone 17は「すぐ傷つく」...世界中で相次ぐ苦情、A…
  • 7
    祖母の遺産は「2000体のアレ」だった...強迫的なコレ…
  • 8
    ロシア「影の船団」が動く──拿捕されたタンカーが示…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    更年期を快適に──筋トレで得られる心と体の4大効果
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ…
  • 5
    カミラ王妃のキャサリン妃への「いら立ち」が話題に.…
  • 6
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 7
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 8
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 9
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 10
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中