最新記事
中東

イスラム組織、イスラム勢力、イスラム聖戦...日本メディアがパレスチナ報道に使う言葉を言語学的視点から考える

2023年11月4日(土)16時55分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学国際学部教授)

また、言葉の意味というのは、主観的視点と観点が織り交ざってできるものである。つまり客観的で一般的な意味から出発して考えるのではなく、個人的で主観的な意味から出発して考えようとするものだ。

「イスラム組織ハマスが大規模攻撃」

例えば、イスラエルとパレスチナの軍事衝突の状況を伝える日本の報道には、こんな見出しが多く見られた。

 

「イスラム組織」という表現に込められたメッセージは、語彙的に先行する言葉が意味決定に大きな影響を与えることになる。ある人が「イスラム/islam」と発音したとする。でも「イスラム」というものが具体的にどういうイメージで捉えられるかは人それぞれだ。それまでの人生で「イスラム」をどのように体験してきたかは人によって異なる。そのためか「イスラム」という音から生まれる「意味」は基本的にその人の主観的な体験に根差して多岐にわたるわけである。

日本のメディアは、このように「イスラム●●」と容易く使用するが、読み取れるメッセージはイメージを悪くするだけではなく、実情とは全く違う意味合いを伝えていることもある。

「イスラム組織」は造語

そもそも、ハマスの正式名称はアラビア語で「イスラム抵抗運動」であり、その頭文字から構成されたものだ。「情熱」という意味の単語にもなる。ところが、日本のメディアは活動内容を示す最も重要な部分である「抵抗運動」をとり、代わりに「組織」を当てている。

一見何の問題もないように思われるかもしれないが、言葉には「意義素」という機能的部分があって、その意義素への理解の有無によって、言葉への理解の度合いとその内容が大きく変わってくる。つまり、この「イスラム組織」という表現は何の意味も為さないことになる。

そもそも「イスラム組織」という表現は造語だ。新しく語を作り出す方法を造語法という。新しく作られた事物や新しい概念に対しては語を対応させねばならない。このような場合に考えられるのが、既存の語を基に作る方法である。造語にはメリット・デメリットの両面があるが、その言葉で伝えたい意味が見えなければ、かえって理解を阻むことになる。イスラム組織やイスラム聖戦、イスラム勢力などのように「イスラム●●」と安易につなぎ合わせて新しい言葉を作り出すのは避けるべきだ。

語の意味とは、それを何に対して、どういった観点から用いるかという、ある時点における社会規範や慣習を反映したものであると言えよう。

インタビュー
現役・東大院生! 中国出身の芸人「いぜん」は、なぜ「日本のお笑い」に挑むのか?
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ハセット氏のFRB議長候補指名、トランプ氏周辺から

ビジネス

FRBミラン理事「物価は再び安定」、現行インフレは

ワールド

ゼレンスキー氏と米特使の会談、2日目終了 和平交渉

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 6
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 7
    世界の武器ビジネスが過去最高に、日本は増・中国減─…
  • 8
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 9
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 10
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中