最新記事
ワグネル

危険な代理人から権力の座を狙う大物へ...ワグネル・プリゴジン台頭に手を貸したのは悔しくもプーチン...ロシア大統領が与えた「3つの贈り物」とは?

The Rise of Yevgeny Prigozhin

2023年7月4日(火)14時10分
ロバート・ホーバス(豪ラトローブ大学政治学上級講師)、イザベラ・カリー(同大学研究員)
ウクライナ東部バフムートでワグネルの指揮を執るプリゴジン

ウクライナ東部バフムートでワグネルの指揮を執るプリゴジン(左端、5月25日) PRESS SERVICE OF PRIGOZHINーUPI/AFLO

<プーチンの「飼い犬」プリゴジンは、3つの段階を経て権力の座を狙うほど増長した>

ロシアに君臨して23年。ウラジーミル・プーチン大統領が、これほどの難局に直面したことはなかった。6月23日、民間軍事会社ワグネルを率いるエフゲニー・プリゴジンが、彼に真っ向から反旗を翻した。

事の重大さは、翌24日にプーチンが行った演説からも伝わる。名指しはしなかったが、「行きすぎた野心と利己主義の末に反逆を起こし」「祖国と民を裏切り」、ワグネルの兵士が命を懸ける「大義に背いた」とプーチンが糾弾したのは、プリゴジンしかいない。

【動画】怒りに震え動揺...突然テレビに現れ緊急演説を行ったプーチン

だが、このときプーチンが語らなかったことがある。それは、前科がありながらケータリング業で成功した男が侮り難い政治力を手にするまでの道のりに、自身がいかに加担したかだ。プーチンは少なくとも3つの方法で、プリゴジンを政界の中枢に導いた。

プリゴジンはまず、国内の政敵を攻撃したり、民衆が政府を支持しているという幻想をつくり出すために忠実な代理人を使うプーチンの戦略の恩恵を受けた。

2004年のウクライナのオレンジ革命の余波を避けるため、ロシアでは青年組織「ナーシ」が設立された。反欧米デモを組織したり、反体制強硬派への攻撃を画策したが、そのナーシも11年の下院選での不正問題に対する大規模な抗議の前には無力だった。

そこでプーチンは、サンクトペテルブルクのケータリング業界の大物だったプリゴジンに助力を求めた。彼はすぐに抗議運動に潜入。デモ参加者を西側の手先として中傷したドキュメンタリー番組にも出資した。後には16年の米大統領選にも介入を試み、アメリカの制裁対象となった。

風をまき、旋風を刈り取る

次にプーチンがプリゴジンの台頭に手を貸したのは、14年のクリミア侵攻作戦のときだった。この戦争には、ロシア軍と緊密に協力する代理勢力が多数関与していた。これらの勢力は、ウクライナ南東部で民衆が蜂起したという錯覚を生み出そうとした。

ここで頭角を現したのが、同じ14年に創設されたワグネルだ。プリゴジンは志願兵の訓練に軍事施設を使う許可を求め、自らの活動にプーチンのお墨付きがあると触れ回った。15年にはシリア介入で暗躍し、治安活動の見返りに天然資源の利権を得た。アフリカ諸国でも強権的政権を支え、ロシア外交官と組んで鉱山業や林業の利権を手にした。

プーチンからプリゴジンへの3つ目の贈り物は、国家機関の無力化だ。選挙管理が強化され、独立系の政党はつぶされた。メディアは大統領府とオリガルヒ(新興財閥)に飼い慣らされた。市民社会は「外国工作員」や「望ましくない組織」を取り締まる新法により壊滅的な打撃を受けた。

そんな無法地帯で、プリゴジンは力を増した。もう誰にも邪魔されずに何でもできる。ワグネルの周辺を調べるジャーナリストは嫌がらせを受け、時には不審な死を遂げた。

そしてプーチンが2度目のウクライナ侵攻に踏み切ると、プリゴジンは政府の危険な代理人から、権力の座を狙う大物へと変貌したのだった。

旧約聖書に「風をまき、旋風を刈り取る」という言葉がある。人の行動の結果は、元の行動よりも大きくなりがちだという意味だ。プーチンのプリゴジンに対する関わり方を、見事に表している。

The Conversation

Robert Horvath, Senior lecturer, La Trobe University and Isabella Currie, PhD candidate, La Trobe University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

TikTok売却期限、9月17日まで再延長 トラン

ワールド

トランプ氏、FRBに2.5%の利下げ要求 「数千億

ビジネス

英ポンド上昇、英中銀の金利軌道の明確化を好感

ワールド

スペースX「スターシップ」、試験飛行準備中に爆発 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディズニー・ワールドで1日遊ぶための費用が「高すぎる」と話題に
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 6
    マスクが「時代遅れ」と呼んだ有人戦闘機F-35は、イ…
  • 7
    下品すぎる...法廷に現れた「胸元に視線集中」の過激…
  • 8
    全ての生物は「光」を放っていることが判明...死ねば…
  • 9
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 1
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロットが指摘する、墜落したインド航空機の問題点
  • 2
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越しに見た「守り神」の正体
  • 3
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 4
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 10
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 4
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 5
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 6
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 7
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
  • 10
    猫に育てられたピットブルが「完全に猫化」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中