最新記事

東南アジア

ミャンマー軍政が久保田さん釈放、国外退去へ 3カ月半ぶりの解放  

2022年11月17日(木)13時06分
大塚智彦

刑期を巡る混乱は軍事法廷に起因か

軍事法廷と一般の裁判の違いが影響しているのか、久保田氏への扇動罪と電子取引法違反の判決に対して混乱も生じている。

日本の多くのメディアは判決当日には扇動罪の禁固3年と電子取引法違反の禁固7年を加算して禁固10年と伝えていたが、翌日になると「禁固7年」と軌道修正した。

この修正にはヤンゴンの日本大使館からの情報が根拠になっているとの見方が有力で、それは「禁固刑は長期の方が適用」というもので、それによると久保田氏の5日の判決は禁固7年となる。

米CNNは「扇動罪で禁固3年、電気通信法違反で禁固7年」とだけ伝え加算するかどうかには言及していない。

また米ニューヨーク・タイムズ紙は「禁固10年」と報道して加算されるとの立場をとっている。

ミャンマーの独立系メディアの中にも「禁固10年」としているところもあるが 一般法廷と異なり軍事法廷には被告側の弁護人が同席できないため、判決内容の確認が難しいという一面も影響している。

なぜ扇動罪と電子取引法違反容疑だけが軍事法廷で審理されたかについても詳細は不明だが、久保田さんが逮捕されたヤンゴン市内南ダゴン郡には7月30日当時「戒厳令」が軍政によって布告されていたことと関係があるとの見方もでている。

首都ネピドーの刑務所内の特別法廷で審理が続く民主政府の実質的指導者だったアウン・サン・スー・チー氏の裁判では、8月の時点ですでに10件の容疑で判決が言い渡され、その刑期は「合計」で「禁固17年」と報道されており、刑期が単純に加算されている。

その背景にはミン・アウン・フライン国軍司令官率いる軍政がスー・チー氏の政治生命を完膚なきまでに奪うことを意図しており、できる限り長期の禁固で拘束することを狙っているためとの見方が有力だ。

日本からの度重なる早期釈放要求

2021年4月18日に反軍政デモを取材中に逮捕されたフリージャーナリスト北角祐樹氏は、収監中に日本からミャンマーを訪れた民間人や元政治家などによる「早期釈放要求」が受け入れられたためか、逮捕後約1カ月の5月14日に釈放され、国外退去処分で無事に日本に帰国している。

今回の久保田氏の釈放は入管法違反に扇動罪、電気通信法の容疑でも訴追されたこともあり、釈放、強制退去処分が逮捕から約3カ月半と北角氏に比べると大幅に遅くなった。

この間日本からは自民党の渡辺博道・元復興大臣が8月11日にミャンマーを訪問し首都ネピドーで軍政トップのミン・アウン・フライン国軍司令官と会談して久保田氏の早期釈放を求めた。

渡辺氏に対しミン・アウン・フライン国軍司令官は「久保田氏を近く釈放する。日時は追って連絡する」と応え、久保田氏の早期釈放が期待されたが現実とはならなかった経緯がある。

今回の釈放にこの時の会談が関係しているかどうかは不明だが、軍政が日本を無視できない相手国と思っていることの反映が、長期の禁固刑という実刑判決を下しながらも釈放して強制退去処分とした背景にあるとみられている。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国GDP、第1四半期は前期比+1.3% 市場予想

ビジネス

バイオジェン、1―3月利益が予想超え 認知症薬低調

ビジネス

フォード、第2四半期利益が予想上回る ハイブリッド

ワールド

バイデン氏陣営、選挙戦でTikTok使用継続する方
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中