2050年には8億人の都市住民が水上生活に?──海面上昇と異常気象で急務の洪水対策

CITY OF WATER

2022年8月5日(金)15時10分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)

着工に先立ち、市は何年もかけてワークショップやタウンホールミーティング、説明会を重ね、延べ1000人以上の地域住民が参加した。最終的に、巨大な防潮壁とゲートを組み合わせて長い堤防を建設し、市民の憩いの場である約24ヘクタールのイーストリバー・パークを保全するという計画ができた。

洪水対策に「特効薬」はない

だがデブラシオ率いる市政府は18年、プロジェクトの費用と工事期間に無理があると主張。公園の洪水対策の維持管理が複雑すぎると懸念を示し、巨大な防潮堤の建設が交通の流れを乱し、地下の電線に干渉する恐れがあると指摘した。

デブラシオの下で計画は見直され、公園に数百万トンの土を盛って3メートルかさ上げするという新しい案が発表された。その場合、樹齢80年のものを含む1000本の樹木を撤去することになる。

市は新たに2000本の樹木を植えて、公園を自転車専用道と遊歩道を備えた「なだらかな草原」に変えると約束したが、地元の活動家は弁護士を雇った。昨秋、市が最初の木を撤去する準備を始めると、抗議する人々が市役所の外で数本の木を人間の鎖で囲み、コーリー・ジョンソン市議会議長に監督委員会の緊急公聴会の開催を要求した。

この対立について、ニューヨーク・タイムズ紙の建築評論家マイケル・キンメルマンは昨年12月の紙面でこう問い掛けた。「私たちの社会は、基本的な生活要件を満たすためにさえ団結できないほど、いさかいが絶えないのか」

ニューヨーク市はESCR以外にも野心的な災害対策プロジェクトを掲げているが、合意の形成に時間がかかり計画は遅れている。

17年には米陸軍工兵隊が、サンディ級のハリケーンからニューヨーク一帯を守るための5つの大規模な建設プロジェクトについて、数百万ドルの予算で調査を開始した。市の関係者は、陸軍工兵隊は高潮を重視しすぎて洪水や海面上昇を十分に考慮していないと不満を漏らした。

ニューヨーク・タイムズは20年1月、陸軍工兵隊が調査しているプロジェクトをめぐって複数の提案の相対的なメリットを検証した。

なかでも議論を呼んだのは、ニューヨーク市の外港に沿って約9.6キロにわたり、開閉式の水門を備えた人工島を建設するという計画で、総工費1190億ドル、工事期間は25年とされている。検証された提案の中には小規模な防潮堤の組み合わせや、ESCRのように岸に近い場所でのプロジェクトもある。

同紙の記事は、1986年からオランダで稼働している全長約8キロの東スヘルデ防潮水門や、84年に完成したロンドンの可動式洪水防御壁「テムズ・バリアー」、2011年に完成したロシアのサンクトペテルブルク郊外の全長約24キロの防潮堤とダムの複合施設など、同様の大規模なプロジェクトも検証。程度の差はあるものの、それぞれ成功していると紹介した。

この記事がドナルド・トランプ米大統領(当時)の目に留まった。彼はツイッターで、防潮堤は「コストのかかる」「愚かな」アイデアだと狙い撃ちした。「大変だろうが、モップとバケツの用意を忘れずに!」

その直後に陸軍工兵部隊は全ての調査の中断を発表した。ニューヨーク市の関係者は、連邦政府から入るはずだった数十億ドルの補助金が一瞬で消えたと不満げだった。

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