最新記事

シリア 

米国が、シリアでイスラーム国指導者を殺害 その意味とは

2022年2月7日(月)15時25分
青山弘之(東京外国語大学教授)

第2の疑問はクラシーの身元特定の方法とその後の遺体対処だ。

バグダーディー暗殺時、米軍は、その遺体の破片をイラクのアイン・アサド基地に移送し、遺伝子検査を行い、たった1日という驚異的なスピードで身元を特定した。また、バグダーディーの遺体の残骸は海に投棄され、また潜伏していた施設は、過激派の「聖地」になるのを阻止するために爆破された。だが、遺体(あるいはその破片)を公開せず、抹消したその姿勢は、「米国がテロリストと戦っているというのは作り話に過ぎない」(アサド大統領)といった非難を招いた。

これに対して、クラシーの場合は、身元特定の経緯が何ら明らかにされず、また潜伏先の住居も破壊されずに残された。作戦の信頼性を高めるという点においても、「世界にとって最大のテロの脅威」を排除することに成功した作戦の偉業を強調するという点においても、いかにも中途半端だった。

そして、第3の疑問はシャーム解放機構の役割である。バグダーディー暗殺に際して、シャーム解放機構は、潜伏先だったバーリーシャー村一帯を封鎖し、住民らの往来を禁じた。シャーム解放機構は当時、イドリブ県の各所でイスラーム国のスリーパー・セルの摘発を続けていた。だが、彼らがバーリーシャー村で治安活動を行ったとの情報はなかった。

クラシーの暗殺現場にも、シャーム解放機構メンバーはいた。それだけでなく、彼らは作戦の前日にあたる2月2日、イドリブ市内で大規模な治安作戦を実施し、フッラース・ディーン機構やシャーム・イスラーム運動を名乗る新興のアル=カーイダ系組織に属する外国人メンバー(戦闘員)20人以上を拘束した。

シャーム解放機構は、米国とは異なった思惑のもとに政敵であるアル=カーイダ系組織を粛清しているが、米国とシンクロするように動くことで、米国に自らの存在を黙認させようとしているように見える。現に、米国はシャーム解放機構を外国テロ組織(FTO)に指定し、指導者であるアブー・ムハンマド・バグダーディーに懸賞金をかけているにもかかわらず、シャーム解放機構を狙って攻撃することはなく、野放しにしている。

シャーム解放機構は、国連安保理決議第2165号(2014年7月採択)に基づいて続けられる越境(クロスボーダー)人道支援の事実上の受け入れ機関となることで、(国際法上)合法的な組織として振る舞うとともに、不正に入手した資金をトルコでの投資事業に充てて私腹を肥やしている。また、最近では同地の復興を主導する意欲を示しているほか、避難生活を送る住民の生活を支援するとして募金キャンペーンを始めている。シリア政府の許可を経ずに反体制派支配地に支援を行う国連安保理決議第2165号の枠組みは、今やテロ組織の存在を確固たるものとするために機能してしまっているが、米国は人道を盾にその継続に固執し、ロシアやシリア政府と対立している。

米国とシャーム解放機構のシンクロは、シリアにおける「テロとの戦い」の恣意性を象徴しており、それこそが同国でテロリストが跋扈し続けることを可能としている。

アフガニスタンでの米国主導の「テロとの戦い」が20年にわたり困窮と混乱を再生産し続けただけだったことは、ターリバーンの復権によって証明された。

シリアでの「テロとの戦い」も似たり寄ったりだ。クラシー殺害に成功することで、米国はグワイラーン刑務所襲撃・脱獄事件での失点を挽回したと言えるかもしれない。しかし、テロ根絶という「テロとの戦い」の本来の目的は何ら達成されていないからだ。

とはいえ、米国がテロ根絶ではなくて、混乱の火種を残し、テロの殲滅を口実とした介入を正当化することを目的として行動しているのだとしたら、その戦略は成功を収めていると言える。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    メーガン妃の「下品なダンス」炎上で「王室イメージ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中