最新記事

薬剤耐性

薬剤耐性による死亡数、脳卒中、心臓病に次ぐ規模だった

2022年2月4日(金)18時57分
松岡由希子

薬剤耐性による死亡数は世界で年間127万人、関連死は495万人にのぼる...... microgen-iStock

<同じ抗生物質を使用し続けると「薬剤耐性菌」が生じて、既存薬が効かなくなることがある。このような「薬剤耐性(AMR)」は世界的な課題となっている......>

抗生物質は細菌による感染症の治療に広く用いられ、多くの人々の生命を救ってきた。しかし、同じ抗生物質を使用し続けると細菌がこれに適応し、耐性を獲得した「薬剤耐性菌」が生じて、既存薬が効かなくなることがある。このような「薬剤耐性(AMR)」は世界的な課題となっており、これまでの予測では2050年までに年間1000万人が薬剤耐性で死亡するとみられている。

薬剤耐性による死亡数、脳卒中、心臓病に次ぐ規模だった

米ワシントン大学らの研究チームは、4億7100万人の個人記録を用いた統計モデルにより、世界規模での薬剤耐性の影響を初めて包括的に分析した。病原体23種と病原体と薬剤の組み合わせ88パターンに関連した2019年時点での204カ国の死亡数を推定し、2022年1月19日、医学雑誌「ランセット」でその研究成果を発表している。

これによると、薬剤耐性に直接起因する死亡数は127万人で、その関連死は495万人にのぼる。これは、2019年時点で脳卒中、心臓病に次ぐ規模で、年間死亡数86万人のエイズ(後天性免疫不全症候群)や年間死亡数64万人のマラリアよりも多い。

肺炎などの下気道感染症での薬剤耐性は最も影響が大きく、これによって40万人以上が死亡し、関連死は150万人を超えている。

対象とした病原体23種のうち、大腸菌、黄色ブドウ球菌、肺炎桿菌、肺炎レンサ球菌、アシネトバクター・バウマニ、緑膿菌の6種だけで、薬剤耐性により92万9000人が死亡し、その関連死は357万人にのぼった。たとえば、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に直接起因した死亡数は2019年時点で10万人を超える。

子どもは特にリスクが高い

薬剤耐性菌がもたらす影響は地域によって異なっている。サハラ砂漠以南では薬剤耐性による死亡のうち20%が肺炎桿菌、16%が肺炎レンサ球菌によるものであった一方、高所得国(HICs)では26%が黄色ブドウ球菌、23%が大腸菌による。

薬剤耐性は低中所得国(LMICs)に特に深刻な影響をもたらしている。地域別でみると、薬剤耐性による全年齢死亡率はサハラ砂漠以南の西部で10万人あたり27.3人と最も高く、豪州、ニュージーランドを中心とするオーストララシアで6.5人と最も低かった。

また、薬剤耐性は全年齢層にとって脅威であるものの、子どもは特にリスクが高い。薬剤耐性による死亡の約2割を5歳未満の子どもが占めている。

研究論文の共同著者でワシントン大学医学部保健指標評価研究所(IHME)のクリス・マレー教授は、一連の研究成果について「薬剤耐性の世界的な規模を真に示し、『この脅威に対処するために今すぐ行動しなければならない』と警鐘を鳴らすものだ」とし、「薬剤耐性に対して先手を取りたいならば、これらのデータを活用して軌道修正し、イノベーションを推進するべきだ」と説く。

研究論文では、薬剤耐性に対処する具体的な戦略として、徹底した感染症の予防、抗生物質の乱用の抑制、新しい抗生物質の開発への投資を提唱している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指

ビジネス

米マスターカード、1─3月期増収確保 トランプ関税

ワールド

イラン産石油購入者に「二次的制裁」、トランプ氏が警

ワールド

トランプ氏、2日に26年度予算公表=報道
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中