最新記事

新型コロナウイルス

所得格差と経済成長の関係──再配分政策が及ぼす経済的影響

2021年9月13日(月)14時28分
鈴木 智也(ニッセイ基礎研究所)

1|「経済成長」 が「所得格差」 に及ぼす影響

【1】クズネッツ仮説 : 経済の発展段階で異なる格差への影響

経済成長と所得格差に関する代表的な理論として、よく引用されて来たのが「クズネッツ仮説」だ。米国の経済学者であるサイモン・クズネッツは、米国、英国、ドイツの発展過程と所得分布を観察し、経済成長と所得格差の関係は、経済の発展段階に依存するという仮説を提唱している。この仮説では、発展段階に入る前の農業社会では、人口の大多数が必要最低水準の所得で生活しているため、国内格差は小さい状況にあるが、工業社会に移行していく過程で、熟練労働者の所得は上昇していくため、経済発展の初期段階では格差が拡大していく。しかし、さらに経済発展が進み、農業部門から工業部門へ労働力の移動が進むと国内格差はピークを向かえ、その後、生産性の低い農業部門は縮小し、工業部門が拡大していくことで、国内格差は縮小して行くとされる。つまり、経済発展の初期段階では、経済成長と所得格差の間には「正」の関係があるが、発展段階が進み経済が成熟していくと、その関係は「負」に変わることを意味している。この両者の関係を、縦軸に「所得格差を示す指標」(ジニ係数など)を取り、横軸に「経済の発展段階」(1人あたりGDPなど)を取ると、上に凸の曲線を描くことから、「クズネッツ仮説」は「逆U字型仮説」とも呼ばれることもある。

【2】トリクルダウン仮説 : 高成長の追求による格差解消

経済の発展段階が進めば自然と格差は解消していくという「クズネッツ仮説」から発展した考え方に「トリクルダウン仮説」がある。この仮説は、所得税率や法人税率の引き下げ、規制緩和などの高所得者層や大企業等に恩恵の大きな経済政策を実施すれば、投資や消費が活発化して経済の成長が加速するため、その恩恵は低所得者層にも自然と行き渡るとする考え方だ。成功事例としては、中国の鄧小平氏が1980年代に提唱した「改革開放」「先富論」が挙げられるとの見方もあるが、ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・E. スティグリッツ氏やポール・クルーグマン氏等が理論の正当性を疑問視するなど、仮説に対する見方は分かれている。

【3】トマ・ピケティ「21世紀の資本」 : 資本主義のもとでの格差拡大は不可避

なお、経済成長は、格差を拡大させるとの主張もある。「21世紀の資本」の著者であるトマ・ピケティは、資本主義の原理的なメカニズムのもとで資本収益率は経済成長(国民所得の伸び)を上回るため、資本所有で生じた不平等は累積的に拡大し、経済格差は拡大していくと主張している。また、「クズネッツ仮説」において発展初期で見られる格差縮小は、2度にわたる世界大戦のあとに資本を再蓄積する必要が生じた結果、一時的に高い成長が実現したからだとする見解を示している。ただ、このピケティ氏の主張に対しては、著名な経済学者であるグレゴリー・マンキュー氏等から批判の声が上がるなど、格差拡大が資本主義に内在するメカニズムによって生じるとする主張には、今の専門家の間で議論が分かれている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216cmの男性」、前の席の女性が取った「まさかの行動」に称賛の声
  • 3
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 6
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 7
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    「非人間的な人形」...数十回の整形手術を公表し、「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 9
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 10
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中