最新記事

北アフリカ

独裁返りか? チュニジア「アラブの優等生」報道が無視してきたこと

Miscalculating Tunisia

2021年8月2日(月)17時45分
スティーブン・クック(フォーリン・ポリシー誌コラムニスト)、エンリコ・マッティ(米外交問題評議会シニアフェロー)

それでも、2013年の暗殺事件が大掛かりな騒乱に広がらなかったことや、15年に2人の大物政治家の間で協力関係が構築されたこと、そして19年にカイドセブシが任期中に病死したとき平和的な権力の引き継ぎが行われたことは、大いに称賛に値する。

だからといって、今後もチュニジアの民主化が続くとは限らない。チュニジア情勢を丹念に追ってきた専門家なら、それを知っているはずだ。チュニジアの経済難、アイデンティティー問題、エリート層における旧秩序への回帰願望、そして議会の機能不全を考えれば当然だろう。

実際、現在のチュニジアでは、サイードが全権掌握を発表したことに対して、賛成のデモと、反対のデモの両方が起こっている。

現地からの報告によると、サイード支持派は、首相の政権運営と高止まりしたままの失業率に辟易していた。さらにこの1年のコロナ禍で、チュニジアの医療体制は大打撃を受けた。だから今、「もっと大きな権力を与えてくれれば、国民の生活を改善できる」と約束する独裁者に、賭けてもいいかもしれないと思う人が増えているのだ。

欧米人がチュニジアで交流する専門家やジャーナリストや社会活動家は、より公正で民主的な社会を構築したいと言うかもしれない。だが、幅広い庶民はどうだろう。少なくともここ数日路上に繰り出している人々は、民主主義についてもっと複雑な感情を抱いているようだ。

「成功例」というプリズム

彼らが求めているのは、特定の政治体制ではなく、雇用と社会的なセーフティーネットをもたらしてくれる、もっと実務能力の高い政府だ。確かにこの10年で、チュニジアの人々はより大きな自由を得た。しかし経済難ゆえに、彼らの多くが自由を手放して、なんらかの形の権威主義を試してみてもいいと思うようになった可能性がある。

もちろん、今後チュニジアで何が起こるか、そして他国がどんな反応を示すかは完全に不透明だ。2011年1月にベンアリを追放して以来のチュニジアに対する世界の注目、そしてジョー・バイデン米大統領が唱える価値観ベースの外交という方針を考えると、アメリカは少なくとも何らかの措置を講じるプレッシャーを感じているだろう。

そこで厄介な問題となるのは、米政府も「チュニジアはアラブの春の成功例だ」というプリズムを通して物事を見る傾向があることだ。専門家も民主活動家も、チュニジアは民主化を成し遂げたのだから、もっと支援するべきだと主張してきた。

実際、アメリカは2011年以降、チュニジアの民主主義定着のために、総額14億ドルの支援を約束してきた。具体的には、国内の治安と安全保障、民主主義実践の強化、持続可能な経済成長などが含まれている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税の影響で

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中